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釜石市(岩手県)が取り組むサステナブル・ツーリズムの事例

釜石市(岩手県)が取り組むサステナブル・ツーリズムの事例

岩手県の南東部に位置し、世界三大漁場の一つである三陸漁場に港を持つ釜石市。温暖な気候と豊富な漁業資源から水産業を中心として発展してきました。

釜石市は2016年よりサステナブルツーリズムに積極的に取り組んでおり、数々の実績をあげています。2018年に観光地の国際認証機関「グリーン・ディスティネーションズ」により、日本初となる「世界の持続可能な観光地100選」に選出され、以降2023年まで6年連続で選出されています。さらに2019年には「グリーン・デスティネーションズ・アワード」ブロンズ賞、2022年にはシルバー賞を受賞し、日本のサステナブルツーリズムの先進地として大きな関心を集めています。

本記事では、観光地としては歴史の浅い釜石市がどのような取り組みによって日本を代表する持続可能な観光地となったのかを解説します。

東日本大震災復興からまちづくりへ

釜石市

釜石市は2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けました。震災後の復興から新しいまちづくりを目指し、2017年に市全体を屋根のない博物館と見立てるという構想「釜石オープン・フィールド・ミュージアム」をもとに、グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会*(GSTC:The Global Sustainable Tourism Council)観光地認証を一番最初に取得することを目標としました。

市全体が博物館というのは、釜石の代表的な産業である漁業や林業などに勤しむ市民の方々の日常生活を展示物とし、観光に訪れた人々に漁船クルーズやホタテ収穫などの体験型の観光を楽しんでもらいたいと考えたからです。

最初に、観光を通じた震災復興を実現するための「釜石市観光振興ビジョン」を策定し、以下の3点を目標としました。

  • 釜石市に住まう誇りを取り戻す
  • 人と人のつながりを生み出し移住者の増大を目指す
  • 滞在交流型観光システムを創造する

次にグリーン・ディスティネーションズのプログラムに慣れ親しみ、「釜石オープン・フィールド・ミュージアム」を実践しながら持続可能な観光地づくりを市全体で推進しました。

*グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会:持続可能な旅行と観光のためのグローバルな基準を設定し、管理する国際非営利団体

釜石市の取り組み事例

釜石鉱山

「釜石市観光振興ビジョン」では、釜石市全体を対象地域としていますが、釜石オープンフィールドミュージアム構想においては、取り組みを進める3つのエリアとして下記地域を設定しました。

  • 世界とつながる山と海(鵜住居川流域エリア)
  • 鉄都・釜石の大動脈(甲子川流域エリア)
  • 伊達仙台藩の藩境(五葉山・唐丹エリア)

沿岸部の活性化、山間部の資源活用および人材交流を可能にし、自然と共生する釜石を体験してもらうための観光コースを仕立てました。観光資源に一定のまとまりを持つ地域や、産業遺産など複数エリアにまたがる同一カテゴリーの観光資源をグループ化し、観光コースに組み込むことで、市内広域の複数エリアを周遊観光できるようになっています。

市民、団体からの意見を収集し、イベント等の活動をもとに2018年にのちに推進役となる「株式会社かまいしDMC」を設立しました。釜石市の強みと弱みを分析し、課題の洗い出しを行った結果、震災に対する関心の低下がみえはじめていることや、釜石市のシンボルとして引き合いに出されるような知名度の高い景勝地や代表する名物料理などが挙げらず、観光地としての情報発信が十分ではないことが課題として明らかになりました。さらに、課題に対応するための人員の連携が取れておらず、地域一体となった観光地域づくりの実現のためにはより多くの市民の参加を促す必要があることがわかりました。

次に、観光スポットの集客力を上げるため、かまいしDMCが中心となって市内の関係各所の意識共有を図りました。自治体による働きかけだけでなく、中立的な組織であるかまいしDMCが拠点となって働きかけたことが功を奏し、着々と地域一体化が進んでいきました。

かまいしDMCのスタッフはGSTCのトレーニングプログラムを受講しており、地域の状況・課題を把握したうえで各配置先での目標に対して行動が十分に実施できているかの評価、来訪者や観光客の満足度のモニタリング実施など持続可能な観光地の運営管理を行っています。「グリーン・デスティネーションズ」のサステナビリティコーディネーターの技能を習得したスタッフも稼働しています。

釜石市の課題を解決するために設定された目標・KPIとして「観光地管理」「自然・景観・野生動物保護」「文化と伝統への配慮」などを設定しています。2019年には「グリーン・デスティネーションズ」のオンラインシステムを活用し、国際基準グリーン・デスティネーションズ・スタンダード(100項目)に対する本格的な評価を行っています。

地域の連帯感を高めるために、釜石市では定期的に地域の観光事業者との情報共有の場を設けています。また、活動内容や地域経済の分析をまとめた報告書を作成し、持続可能な観光地づくりに関わる市民や企業とのコミュニケーションを滞りなく進めるためのツールとして役立っています。

かまいしDMCの人材活用

釜石市の躍進の立役者ともいえるかまいしDMCの活動を支えているのは豊富な人材です。他県からの移住者や女性スタッフも在籍しており、多様性に富んでいるのが特徴です。現在活躍中のスタッフからは「東日本大震災後に支援活動に参加した際に釜石市の斬新な取り組みを知り、地域の人々と一緒に持続可能な観光地づくりへの挑戦に携わりたいと思った」「恵まれた自然と文化を大切に暮らす釜石市に惹かれて応募した」という声があります。

かまいしDMCではスタッフの経歴、年齢や性別に関わらず、個人の可能性を引き出し、能力を高め合える環境が用意されています。釜石市の斬新な取り組みに心を動かされた方々が集まり、その方々の活躍を知ってさらに新たな人材を引き寄せるという理想的な流れが生まれ、優秀な人材が集まってきたのです。

かまいしDMCの事業部は、「旅行マーケティング事業部」「地域商社事業部」「地域創生事業部」の3事業にて実務を遂行しています。地域創生事業部には魚河岸テラス、根浜・箱崎白浜運営課、鵜住居トモス運営課の拠点があり、スタッフは各所に配置されます。スタッフ間に物理的な距離はあるものの、その影響によるコミュニケーションの滞りはなく、情報共有と任務の遂行を可能にしています。

その秘訣は、スタッフ採用時に「かまいしDMCの概念と価値観を共有できる」ことを必須要件として選定を行い、各スタッフの特性を見極めて適材適所に配置していることにあります。さらに、拠点を横断する企画を通じてスタッフ同士の交流の機会を設けることで組織全体の一体感を作り上げているのです。働き手の質を重視した結果、組織から生み出されるモノの質も向上しました。さらに、積極的に地域に溶け込もうと努力する若い人材の影響は地元企業の活性化にもつながり、釜石市全体の希少価値を高めていったのです。

地域に密着した取り組み

その他、市内小中学校への防災・観光教育の実施、食材の地産地消、イベント開催時にプラスチック製品を使用しないこと、バイオ燃料の積極的活用など市民や地元企業が主体となる取り組みも行われています。

将来を見据え、釜石市の子どもたちが次世代のリーダーとしてグローバルに活躍できるよう、かまいしDMC主催で英語での講義も実施されています。

釜石市の「宝」

釜石市の自然や文化を愛し、仲間とつながり、いきいきと仕事する住民を「宝」とし、来訪者や観光客には自然に任せて「宝」を楽しんでもらう。「心から楽しめる観光地になるには第一に住んでいる人が幸せであること」という釜石市民のゆるぎない信念と、その「宝」に引き寄せられた人々のつながりによって持続可能な観光地がつくられ、今もなお成長し続けています。

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眞鍋奈穂子

眞鍋 奈穂子(まなべ なおこ)ライター/翻訳者、 企業や研究機関で技術翻訳等に従事したのち、趣味のピラティスがきっかけでライターとして活動を始める。温泉旅館とクサガメが好き。

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