サステナブル経営のためのトレーサビリティ|重要性と実践方法
コーポレートガバナンス・コードの改定やESG(環境、社会、ガバナンス)という概念の普及に伴い、多くの企業が気候変動対策や人権問題への取り組みを強化しています。
企業はESGに沿った情報開示を行っていますが、それらを行う上で現在注目されているのがトレーサビリティ(追跡可能性)です。
この記事ではトレーサビリティと、その重要性についてご紹介していきます。
トレーサビリティとは
トレーサビリティは、英語の「Trace(追跡)」と「Ability(能力)」を組み合わせた言葉で、日本語では「追跡可能性」と表現されます。これは、製造や加工のプロセス、または荷物の受発注などに関する追跡記録を保持し、追跡可能な状態にすることを指します。
トレーサビリティを導入することで、潜在的な問題のある製品を事前に特定・排除したり、データ分析により生産や品質管理を効率化することが可能です。日本国内では、自動車、電子部品、ソフトウェア、システム開発、食品、医薬品、運送など、多くの業界でこの技術が導入され、調達や輸入品の生産段階から消費者に届くまでの全ての過程を記録しています。この仕組みにより、問題の早期発見と解決を促進します。
製造業の例では、原材料や部品の調達から、加工、組立、流通、販売までの各工程において、製造者、仕入先、販売元の情報が記録され、履歴として保存されます。これにより、問題が発生した際に、迅速に発生源を特定が可能です。
トレーサビリティを実現するためには、情報の蓄積が不可欠で、データ収集のためのインフラや環境を整えることから始める必要があります。また、企業間や部門ごとのシステムを連携させ、バーコードやIoT技術を活用して効率的にデータを集める仕組みを構築することが求められます。
チェーントレーサビリティ
原材料の生産・供給、製造、物流、販売、消費、廃棄まで、製品を追跡可能な状態にすることです。
つまり、その製品がどこの原材料を使用して作られているのか、どこで加工されたのか、生産者や生産された場所を追跡することができ、私たちが一般的によく使用する「トレーサビリティ」はこちらを指します。
内部トレーサビリティ
チェーントレーサビリティの一部、つまり一つの企業や工場など、範囲を限定してその製品を追跡可能にするトレーサビリティです。
トレーサビリティの必要性
食への安全性に関してはもちろん、最近では環境や人権に配慮しているかを証明するために活用されるケースが増え始めています。
企業は、サプライチェーンを通じて排出された、または削減した二酸化炭素の量や使用した水の量がどのくらいか、児童労働が行われていないか、生態系を破壊していないか、などを証明することが求められます。
これは、投資家や取引先からだけでなく、欧州では消費者からも求められるようになっています。
つまり、サステナブルな企業であることを証明するためには、トレーサビリティを可能にする必要があるとも言えます。
トレーサビリティの重要性とその活用分野
トレーサビリティが重要視されるのは、履歴を追跡することで製品の品質管理が向上する業界です。特に食品加工業では、原材料の入荷先、製造日時、製造内容、検査日時、担当者や責任者、生産ライン、出荷先や卸先といった情報に加え、生産者や産地、出荷日時、加工日時、賞味期限・消費期限のデータが重視されます。ただし、業界や品目、製造工程によって追跡する項目は異なるため、トレーサビリティの範囲も変わります。
食品以外では、製造業もトレーサビリティの推奨分野です。原材料や部品の調達、加工、組立、流通、販売の各工程を記録し、不良品や破損品のリスクを減らしながら、品質管理の向上を目指します。
EC業界では、生産から消費者の手元に届くまでの追跡が現段階では可能になっています。商品が発送されてから顧客が受け取るまで、宅配業者の追跡サービスを活用してほぼリアルタイムで状況を確認できるようになっています。
さらに近年、農林水産省は産地偽装問題の解決に向けて、主に牛肉や鶏卵などの食品分野でトレーサビリティの普及活動を進めています。官民一体でICタグの研究・開発が行われ、トレーサビリティの技術に取り入れようという取り組みが進行中で、徐々に広がりつつあります。
トレーサビリティの仕組みと最新技術の活用
トレーサビリティは、仕入れから納品までの移動ルートを把握するために各工程のデータを記録するシステムです。これにより、後に問題が発生した際にデータを遡って原因を特定したり、製品を回収するために活用されます。
近年では、IoTなどの最新技術を用いて、ICチップや磁気センサーによって部品や製品を個別またはロット単位で識別することが可能です。受け取ったデータはネットワークを通じてクラウドに保存され、AIによる分析や検証、データ追跡が行われます。蓄積されたデータを利用して、部品や製品の移動経路を追跡することを「トレースフォワード」、逆に過去にさかのぼって追跡することを「トレースバック」と呼びます。
トレーサビリティ確保の目的とメリット
製造業におけるトレーサビリティの確保には、いくつかの主な目的やメリットがあります。まず、トレーサビリティシステムを導入することで、製品の生産履歴や品質に関する詳細な情報を把握でき、品質管理プロセスを強化することが可能です。これにより、製品の品質向上が期待できます。
さらに、製造過程での問題点を早期に発見し、迅速な対応ができるようになるため、全体の効率化とコスト削減にもつながります。こうしたシステムは、潜在的な問題の早期発見に大いに役立ちます。
また、製品の追跡可能性を高めることで消費者への透明性が確保され、これにより顧客の信頼を得ることができます。消費者が製品に対する信頼を深めることで、企業のブランドイメージ向上にもつながるでしょう。
最後に、法的要件の遵守やリスクマネジメントの観点でも、トレーサビリティは非常に重要です。トレーサビリティを確保することで、法規制に対応し、企業が抱えるリスクを効果的に管理することができるのです。
取り組み方法
具体的に取り組む方法としては、持続可能な漁業を行っていることを証明するMSC認証や、コットンが生産される過程で土壌汚染や人権侵害が起きていないことを証明するGOTS認証、業界関係なく事業を行う過程で環境や社会に配慮し透明性があることを証明するB-corp認証の活用などがあります。
それぞれの認証についてはこちらをご覧ください。
トレーサビリティの効果的な活用法
トレーサビリティを効果的に活用するためには、いくつかの重要なポイントがあります。まず、システム導入前にその目的を明確に定めることが欠かせません。具体的に、どのようなデータを収集し、それをどのように活用するかを事前に決めておくことで、目的に合った適切なデータ収集が可能となり、コストパフォーマンスの高いシステム設計が実現できます。また、導入後の効果測定に向けた基準をあらかじめ設定しておくことも重要です。
次に、サプライチェーンに関わる全てのステークホルダーとの連携が不可欠です。部材供給者、製造業者、物流事業者から最終消費者に至るまでの関係者が、必要な情報を適切に把握できる体制を整えることで、効果的なトレーサビリティシステムが機能します。情報の収集、共有、活用について、オープンなコミュニケーションと協力関係を築くことが重要です。
さらに、システム導入後も、定期的にその効果や機能を評価し、必要に応じて改善を繰り返すことが求められます。技術革新や市場の変化に対応しながらシステムを継続的にブラッシュアップすることで、最大限のパフォーマンスを維持できます。効果測定の結果に基づき、短期・中期・長期的なアクションプランを策定し、システムを持続的に進化させることが推奨されます。
製造業・食品・医薬品業界におけるトレーサビリティの導入方法
トレーサビリティは、さまざまな業界で幅広く導入されています。製造業では、部品の品質を保証し、製造過程をより透明にするために利用されています。
医薬品業界においては、患者の安全を守るため、製薬プロセスから流通までの全工程を厳密に追跡しています。さらに、食品業界では、消費者が製品の安全性を確認できるよう、原材料の産地や加工履歴を詳細に記録し、公開しています。
トレーサビリティのデジタル化と技術革新
トレーサビリティのデジタル化により、運用はますます効率的で効果的になっています。最近では、ブロックチェーン、IoT(モノのインターネット)、クラウド技術といった先進的な技術がトレーサビリティシステムに統合されつつあります。
データの透明性やセキュリティが強化され、リアルタイムでの情報共有も可能になりました。特にブロックチェーンの導入により、データの改ざんが極めて困難となり、高い信頼性を持つトレーサビリティシステムが構築されています。
グローバル企業の取り組み事例
Nestlé(ネスレ)
Nestlé(ネスレ)は、情報の改ざんなどを防ぐため「IBM Food Trust」を利用し、一部の原材料の追跡にブロックチェーン技術を活用しています。
IBM Food Trustは、サプライチェーン上の情報をブロックチェーンに記録し、関係者間(生産者や製造業者、荷主、小売業者、規制当局、消費者など)で迅速に情報共有をすることで、安全性や追跡可能性の向上を実現しています。
こちらのZOEGASいう商品では、「ブラジル・ルワンダ・コロンビア」などといった異なるコーヒー豆の生産地を追跡・確認することができます。
また、今年2022年1月にトレービリティを完全なものに近づけるため、カカオ生産における児童労働のリスクに取り組む新たな計画を発表しています。
これを実現するためには、サプライヤーと多くのコミュニケーションを取る必要があることに加え、サプライチェーンを再構築する必要もありますが、2023年には一部の「キットカット」製品から開始予定 だとしています。
Sheep Inc.
トレーサビリティは環境や人に配慮するためだけのものではありません。こちらのアパレルブランドでは、動物の権利への透明性を確保するため、使用するウールに関して追跡できるようにしています。
商品についているタグを読み込むと、原材料が生産された土地だけでなく、ウールを提供してくれた羊まで追跡することができます。
そして移動した場所や、「子供が生まれました」「毛を刈られています」などの報告が届きます。
最後に
今後、トレーサビリティの重要性はさらに高まると予想されます。特にサステナビリティや倫理に対する意識の高まりが、その需要を押し上げています。現代の消費者は、製品がどのような過程を経て作られ、環境や社会にどのような影響を与えているかを知りたがっており、企業はその持続可能性や倫理的な側面を証明することが求められています。
また、スマート農業やスマートファクトリーといった分野で、AIやIoTなどの先進技術が従来の産業に導入され、トレーサビリティ技術の応用が進んでいます。これにより、製品の生産から消費までのすべてのプロセスが、より効率的で透明性の高いものへと進化しつつあります。このような技術革新が、産業全体に新たな変革をもたらすでしょう。
参照:
ネスレ日本 企業サイト | Nestlé : Good food, Good life
Sheep Inc. – Masters of Merino Wool Knitwear
Zoégas startsida – Gott kaffe är vårt hantverk och passion | Zoegas
【事例】「IBM Food Trust」世界の食品・小売大手が加わるプラットフォームとは? │ BaaS info !!
ネスレ、児童労働のリスクに取り組み、農業従事者の収入を向上させ、カカオの完全なトレーサビリティを実現するための革新的な計画を発表