観光税は持続可能な観光につながる?世界と日本の導入事例を解説
日本の古都の趣、美しい自然や美味しい日本料理が魅力となり、日本を訪れる外国人観光客は増加し続けています。日本の観光地としての魅力は世界でも認められており、アメリカの大手旅行雑誌『コンデナスト・トラベラー』が2023年10月3日に発表した読者投票ランキング「リーダーズ・チョイス・アワード」の「世界で最も魅力的な国」において、日本が第1位(昨年第2位)に選出されました。「リーダーズ・チョイス・アワード」は本誌で長い歴史と権威を持つ読者投票になります。52万人以上の読者が、全世界の旅行先を総合的に評価し、次の旅先候補として高い人気を誇るデスティネーションを格付けしたランキングです。
また、2024年6月には、日本を訪れた外国人観光客は313万人となり、月ごとで過去最多となりました。2024年1月から6月までの半年間でも、1777万人でこの時期として過去最多を更新しています。
外国人観光客の増加は地域経済に恩恵をもたらす一方で、オーバーツーリズム問題が発生し、深刻化している地域もあります。持続可能な観光立国を目指し、経済力向上に取り組む日本では、オーバーツーリズムの未然防止と抑制と地方への誘客促進に取り組むための解決手段の1つとして「観光税」導入が各地で検討されています。
本記事では観光税は持続可能な観光につながるのか、世界と日本の導入事例を紹介して解説します。
参照:米旅行雑誌の「世界で最も魅力的な国ランキング」で日本が第1位に選出!
観光税とは
観光税とは、観光に関連する税金で出入国税、宿泊税、入域税、入湯税などが含まれます。
日本では、観光税は「国際観光旅客税」といわれており、日本から出国する旅行客が支払う税金です。船舶または航空会社などの特別徴収義務者が旅行客から徴収します。日本を出国するすべての人に課税され、日本国民だけでなく、一時滞在をしている外国人も含まれます。
また宿泊税は、旅館やホテルに泊まる際に1人一泊の宿泊料金に課税される税金で、地方自治体(都道府県、市町村)に納める税金です。日本では東京都・大阪府・京都市、石川県金沢市、北海道倶知安町、福岡県、福岡市、北九州市、長崎市の9つで導入されています。
観光税の必要性
インバウンド政策への財源として観光税が必要とされています。
持続可能な観光先進国に向けて、観光振興を図る日本では、年々増加する外国人観光客を受け入れる体制を整えるための安定的な財源が必要不可欠です。
地方の観光地では観光税が必要不可欠
多くの観光地では、通年的に不足している駐車場の整備やトイレの追加設置などの課題も抱えています。観光対策には経費が増大するため、自治体の通常予算だけでは賄えません。
急激な観光客の増加により、宿泊施設では、予約の申し込みはあるのに人員不足で宿泊客を受け入れられない、設備の老朽化対策が必要だが財政力不足で対策が進まない、などの問題を抱えているところもあります。
外国人観光客の訪問先は東京や京都などの都市部に集中しており、地方の観光地への誘客がまだ十分ではありません。そこで、地方の国立公園に高級リゾートホテルなどの宿泊施設を誘致する計画が打ち出されています。山間部など通信環境が不安定な地域においては、フリーWiFiスポットの整備などが求められています。
このようなインバウンド政策への財源として観光税が必要とされています。
世界の導入事例
ここからは、観光税が導入されている世界の観光地での事例を紹介します。
イギリス・マンチェスター
イギリス北部に位置するマンチェスターは、イギリスの都市として初めて観光税を導入しました。2023年4月1日より、市内中心部のホテルや民宿に宿泊する旅行者に、1泊1部屋当たり1ポンド(約167円)の観光税が課されるようになりました。この徴税の目的は、観光客へのサービスを強化し、街路の清掃活動や環境維持のためです。
スペイン・バレンシア
スペイン南東部の海岸沿いに位置するバレンシアでは、2024年から観光税を導入予定です。観光税はホテルやアパート、ホステル、キャンプ場など、あらゆる種類の宿泊施設に滞在する旅行者に適用されます。1泊につき50セント~2ユーロ(約74円~294円)を支払います。(税額は宿泊施設によって変動)
この収入は、観光客の多い地域に住む地元住民のために、手頃な価格の住宅を提供する費用となる予定です。
スペイン・バルセロナ
スペインで最も観光客の多い都市バルセロナが、オーバーツーリズム問題に対処するため、024年10月から観光税を大幅に引き上げることを決定しました。現在、バルセロナを訪れる観光客は、「地方税」と「市税」2つの観光税を支払っています。
地方税は宿泊施設のタイプにより、4つ星ホテルの1.70ユーロから高級5つ星ホテルの3.50ユーロ(約289~596円)と異なります。
市税は7泊まで課され、現在は1泊3.25ユーロ(約553円)ですが、2024年10月に1泊4ユーロ(681円)に引き上げられる予定です。
バルセロナ市は、この増収益を道路、バス、エスカレーターなどのインフラ整備に充てるとしています。
イタリア・ベネチア(ヴェネツィア)
イタリア北部にある運河の街べネチアは、夏に多くの観光客が訪れることでオーバーツーリズムに直面し、数年前から観光税の導入を検討してきました。
2024年4月25日から、指定日にべネチアへ訪れる日帰り観光客を対象に、試験的に入島税を徴収することになりました。
べネチアへの入島税は、 1日5ユーロ(約851円) です。
観光税による収益は、観光地の施設の維持管理や清掃、地域住民の支援サービス等に使われる予定です。
インドネシア・バリ
インドネシアのバリ州政府は、バリの文化と自然の保護を目的として、2024年2月14日からバリ島を訪問する全ての外国人観光客に対し、一人あたり15万ルピア(約1500円)の徴収を開始しました。
空港カウンターで現金払いも可能ですが、バリ島への出発前にオンライン決済することが推奨されています。支払いが完了すると、登録したメールアドレスに支払い証明となるQRコードが送付されます。バリ島滞在中はこのQRコードを常に携帯し、検査がある時にはいつでも提示できるように準備する必要があります。
日本の導入状況
日本でも観光税を導入している地域があります。また、各地で観光税導入にむけての議論が進められています。
北海道 倶知安(くっちゃん)町
倶知安町は、国内外から多くの観光客が訪れる「世界に誇る国際リゾート」を目指しています。観光による交流人口を増加させ、魅力あるまちづくりを展開するための施策を実現する財源として、2019年11月1日に宿泊税を導入しました。倶知安町内のホテル、民宿、旅館、ペンションなどに宿泊する場合、1人1泊の宿泊料金の2%を宿泊税として徴収しています。
観光地としての質・魅力の向上を目指すための課題として、観光客が増加する冬季のタクシー、バスの運転手不足、スキーパトロールや山岳ガイドの人材育成、新幹線駅を持つメリットを最大限に活かしたリゾートタウンへの発展、倶知安町を世界に発信するプロモーションの促進などが挙げられています。
福岡市
福岡市は2020年4月に宿泊税を導入しました。福岡市内のホテル、民宿、旅館、ペンションなどに宿泊する場合、1人1泊の宿泊料金が2万円未満の場合は200円、2万円以上の場合は500円を宿泊税として設定しています。
福岡市は多くの人・モノが行き交う九州のゲートウェイ都市として、外国人観光客対応(多元化対応、トイレ様式化など)、観光案内機能の充実、市内の回遊性向上などの受入環境の整備に取り組んできました。さらに、福岡市が九州の玄関口として利便性や魅力を高め、より多くの観光客を呼び込んで各エリアに送り出して九州全体を活性化させることを目的とし、観光振興の財源として宿泊税を充てる予定です。
宿泊税を活用して実施する事業として、訪日ウェブサイトやグローバルメディアを活用した情報発信、観光消費額の拡大に向けて、食、歴史、伝統文化に関する特別なワークショップを開催するなど、通常は体験できない旅行商品の開発や高付加価値旅行のプロモーションの実施などが挙げられています。
沖縄県
沖縄県では持続可能な観光地づくりに向けて、2026年度の宿泊税導入に向けての議論が進められています。2019年に沖縄県内入域観光客数は1千万人を超え、米ハワイ州に並ぶ水準に達しました。しかし、観光客の滞在日数、消費額は水準には達していません。沖縄県では、自然や文化など沖縄の長所を盛り込んだ、一人一人に深い感動を与えるような商品開発を促進するなど、「量から質への転換」を目指しており、税収を観光課題の解決に活用する予定です。
宿泊者はホテルや旅館、民泊などに宿泊する際に1人1泊5千~2万円未満は200円、2万円以上は500円を宿泊税として徴収することを想定しています。
石垣、宮古島、本部、北谷、恩納の5市町村も宿泊税の導入を検討しています。
長野県
長野県では「世界水準の山岳高原観光地をつくる」ことを目標としています。財源確保のためにホテルや旅館の宿泊者に課税する「宿泊税」を、2026年4月に導入することを目指しています。
観光型Maas*(次世代移動サービス)の実装やマウンテンリゾートの整備、広域DMO(観光地域づくり法人)の機能を強化する予定です。
軽井沢町や白馬村、「昼神温泉」のある阿智村などで宿泊税導入に向けた検討が進んでいます。
*観光型MaaS(マース:Mobility as a Service)とは、主に観光客に対して地域の公共交通機関や商業・観光施設など交通分野以外との連携し、ワンストップサービスを提供すること
富士山
日本の主要観光地である富士山では、以前よりオーバーツーリズムが問題となっています。事前の調査や準備もなくいきなり登山を始めてしまう「弾丸登山」に伴う高山病や、落石による死亡事故も発生してます。オーバーツーリズム対策として、2014年7月に山梨県側で登山口に通行ゲートを設け、1日あたり最大4千人の入山規制と1人2千円の通行料の徴収を始めました。
兵庫県・大阪府
兵庫県淡路市では、世界遺産・姫路城についてオーバーツーリズム対策として外国人観光客の観光地使用料などの値上げの必要性が議論されています。また、大阪城を所管する大阪市でも同様の議論がされています。
実際に海外の観光地では「二重価格」を設定している事例があり、ペルーのマチュピチュ遺跡の入場料は、ペルー周辺の観光客(アンデス諸国:ペルー、ボリビア、エクアドル、コロンビア)が約5千円に対し、上述国以外からの観光客は約2倍の約1万円。インドのタージマハルは、インド国籍保有者は約100円なのに対し、外国人観光客は22倍の約2千円です。
積極的に導入を進めようという意見もある一方で、自治体の有識者会議などでは慎重意見も出ています。外国人観光客だけに対して入場料などを高く設定する、徴収金制度を取り入れることに対して、「観光客増加による問題は日本人、外国人問わずに起きている。外国人だけ料金を高くする理由をどう説明するのか」「円安が長引く日本が、増加する外国人観光客をあてにしてたくさんお金を取ろうとしているというイメージを世界中に与えてしまうのではないか」などの意見が挙げられています。
最後に
魅力ある観光国として注目され始めている日本。訪日を望む外国人観光客が増え続けていることによって、顕在化されつつある課題に対する迅速な対応が求められています。航空燃料の不足により、海外の航空会社が新規就航や増便が難しい状況に対しては、燃料の増産と輸送量の増強が緊急で計画されました。空港での出入国審査の混雑に対しては、「自動化ゲート」が設置され、スムーズに出入国手続きができるようになりました。持続可能な観光先進国の実現のため、日本は着実に動いています。
観光税の導入に関しては賛否両論ありますが、現状のままでは日本の観光地は「人気はあるけど混雑していて、安全ではない。持続的でない」というイメージを与えてしまう可能性もあります。
「観光税」を1つの手段として導入することによって、オーバーツーリズム対策や開発の実施、設備投資など観光地全体の魅力を向上させる戦略的投資が促進されます。観光需要が増加して地域経済が大きく発展すれば、地域住民の生活も維持・向上させることができます。この好循環が、持続可能な観光地づくりへとつながっていくのではないでしょうか。