バックキャスティングの重要性と目標を達成する方法を紹介
「SDGsを経営に落とし込もう」「サステナビリティ経営を実践しよう」「TCFDに賛同して持続可能な経営を」など、さまざまなキャッチフレーズを耳にする機会が増えたように感じます。
その中で、もちろんSDGsの概要や企業が取り組む必要性を理解することは最初の段階として重要です。
一方で、2030年や2050年の世界を想像して物事を考える、目標を立てる、というのは難しいのではないでしょうか?
複数人で話し合う場合、共有している未来像がないままだとさらに困難になります。
そこで今回は、バックキャスティングの重要性とおすすめの資料を3つ、そして実際にバックキャスティングで在りたい姿を描いている企業についてもご紹介します。
バックキャスティングとは
未来の「在るべき姿」「目標」から今にさかのぼって、何をすべきか考え行動に移すことを指します。
不確実性が高く、正解が存在しない中で目標を定める場合に適しています。
国内では、2015年のパリ協定でSDGsという2030年までの世界共通の目標が採択されてから、徐々にバックキャスティングへの注目が集まりました。
もちろん、これまでも目標を定めていましたが、近い将来の短期目標を定めるのに適しているフォアキャスティング(積み上げ方式)が主流でした。
バックキャスティングが未来を起点としているのに対し、フォアキャスティングは今を起点にしているのが大きな違いです。
フォアキャスティングとバックキャスティング
フォアキャスティング型の手法は、現状の社会構造や技術的な要因を基に将来を予測するアプローチです。この手法では、将来の具体的な目標は設定せず、「できるところから進める」という姿勢を取ります。
フォアキャスティングは主に現状の技術やビジネスモデル、マネジメントの改善に活用され、現状からの積み上げによって将来を描きます。しかし、このアプローチでは、必ずしも望ましい未来が実現される保証はなく、「望ましい未来像」自体を検討することもありません。
一方、バックキャスティング型の手法では、まず「実現したい未来」を明確に描くことから始めます。その上で、その未来を実現するためにどのような施策が必要かを逆算して考えます。
現状の施策で目標達成が可能かどうかを吟味し、もし不足している場合はどのような取り組みや施策が有効かを検討します。特に、脱炭素化のように広範囲な変革が必要な課題においては、社会や経済の活動をどのように変化させるべきかが議論されます。
このように、フォアキャスティングが「どのような未来が起こり得るか」を想定するのに対し、バックキャスティングは「どのようにして実現したい未来を達成するか」を考えるという、対照的な思考法です。特に、バックキャスティングはフォアキャスティングでは描ききれない大きな変革や劇的な変化が必要な課題に対して有効とされています。
ただし、これらの手法はどちらかが優れているというわけではありません。フォアキャスティングもバックキャスティングも問題解決のためのアプローチであり、状況に応じて使い分ける必要があります。適切な手法を選ぶことが、課題に対する最適な解決策を見出すために重要です。
バックキャスティングの特徴とその登場背景
エネルギー政策や環境政策などの分野では、政策が影響を及ぼす期間が10年、20年、時にはそれ以上にわたるため、長期的な視点が必要です。従来のフォアキャスティング型のアプローチでは、次の2つの問題に直面していました。
1つ目は、現状の環境や動向を前提としているため、革新的で斬新な解決策を発想することが難しい点です。2つ目は、10年、20年後に発生するかもしれない不連続な技術や環境の変化を正確に予測することが困難である点です。
これらの課題を解決するために生まれたのが、バックキャスティングです。Dreborg(1996)の研究によると、バックキャスティングは将来の予測よりも目標の達成に重点を置き、まず「実現したい未来」を描き、その未来を実現するためにどのような取り組みが必要かを逆算して考えます。このアプローチにより、斬新なアイデアが生まれ、予測に頼るのではなく、自らが望む未来を作り出すという積極的な姿勢を取ることができます。
「実現したい未来」を描くというと、主観的で現実味のないビジョンになってしまうのではないかと不安に感じるかもしれません。しかし、バックキャスティングでも客観的な将来予測やデータは参考にされます。ただし、その予測を単に受け入れるのではなく、例えば自然環境の悪化が予測された場合、その予測を避けるための未来像を描き、そこに向かってどのような施策を取るべきかを考えるというアプローチを取ります。
このような特徴を持つバックキャスティングの手法は、2000年頃から欧州の企業を中心に、戦略の前提となるビジョン策定に広く取り入れられるようになりました。
バックキャスティングが問題解決に効果的な理由
バックキャスティングは、問題解決において新たな選択肢を発見し、従来の思考では気づかなかった行動や意思決定の道を切り開くことができます。まず「あるべき未来」を描き、その実現に向けて今何をすべきかを考えるプロセスで、これまで知らなかった未来に関する情報や視点を取り入れることで視野が広がり、従来の枠を超えた新たな選択肢が浮かび上がるのです。
さらに、バックキャスティングは、現状では解決が困難な二項対立のような対立する概念に対しても、長期的な視点を持って考えることで、新たな解決策を見出す可能性を提供します。10年後や20年後の未来を見据えて時間をかけて実現を目指すことで、今は実現不可能に思えることでも、関わる人々がその可能性を信じ、解決への道筋を描くことができます。
また、バックキャスティングは、魅力的な未来像を描くことで、多様なパートナーシップを生み出し、社会全体に大きな変革をもたらす力を持っています。多くの人が共感し、惹きつけられるような野心的な目標を掲げることで、人材や資源、資金といったリソースが自然と集まり、結果的にその未来の実現可能性が高まっていくのです。
バックキャスティングとSDGs達成の関連性
バックキャスティングは、理想の未来を描き、そこに向けた野心的な目標を設定することで、人々の意識や行動を変え、共感を集めたリソースを活用し、現状では実現不可能な目標を達成していく手法です。このアプローチは、まさにSDGs(持続可能な開発目標)の策定に活かされています。
SDGsは、2015年9月25日の第70回国連総会で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」に基づく国際的な目標であり、世界全体を大きく変革することを目指しています。持続可能な社会を実現するためには、社会全体の大きな変革が必要です。そのためには、現状の延長線上での発展ではなく、まずは理想とする未来を描き、それを共有し、その未来に向かって変革を促す力を養わなければなりません。
SDGsの17の目標や169のターゲットは、現在の私たちにとって非常に挑戦的で、達成が難しいものです。しかし、個々の意識や行動が変わり、その目標に共感する人々や組織が力を合わせることで、これらの目標が実現可能になるのです。
例えば、目標7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」に関連して、電気自動車(EV)の普及が進められています。各国がEV普及のための目標年を掲げ、その達成に向けた取り組みを推進しています。
ノルウェーはその中でも最も早く、2025年には「内燃機関を搭載した車両の販売を全面禁止」とする目標を掲げています。2022年には、ノルウェーで販売された新車の79%がEVとなり、目標達成に向けて着実に進んでいます(参照:This chart shows how Norway is racing ahead on EVs|World Economic Forum)。
ノルウェーは約542万人と比較的小さな国ではありますが、こうした野心的な目標を実現できたのは、バックキャスティングを用いた政策策定と、それに伴う人々の意識や行動の変革によるものと言えるでしょう(参照:ノルウェー基礎データ|外務省)。
従来の戦略策定とバックキャスティングの対比
従来の経営戦略策定アプローチとバックキャスティングの違いを整理すると、主に2つの大きな違いがあります。
まず、時間軸の違いです。従来の戦略策定では、企業が目指す「ありたい姿」を3~5年という中期的なスパンで描くことが一般的です。これに対して、バックキャスティングでは、実現を目指す「未来像」を20~30年後という長期的な視点で設定します。
次に、環境変化へのアプローチの違いです。従来の戦略策定では、外部環境の変化に対して、企業が持つ強みを活かしながら「適応」していくことが重視されます。これは、SWOT分析に見られるように、外部の機会や脅威にどのように対処するかが重要視されているためです。
一方、バックキャスティングでは、望ましい未来を自ら「創造」し、必要な環境を積極的に作り出していくという姿勢が特徴的です。このように、適応を重視する従来のアプローチと、未来の創造を目指すバックキャスティングでは、基本的な戦略の立て方に大きな違いがあります。
バックキャスティングを実践するには
企業がバックキャスティングを実践する際は、以下4つのステップに分けられます。
- 未来を起点に在りたい姿を描く
- 課題と可能性を洗い出す
- 必要なアクションを書き出す
- 時間軸に並べる
それぞれ詳しく見ていきます。
- 未来を起点に在りたい姿を描く
バックキャスティングは未来を起点として、そこから逆算して計画を立てますが、この時に気をつけなければならないのは、現状にとらわれないことです。
現在の経営状況や環境については気にせず、いつ、どのように在りたいか、を具体的に書き出します。 - 課題と可能性を洗い出す
在りたい姿が決まったら、それを実現するために乗り越えなければならない課題や可能性を全て洗い出します。
具体的には、自社の持つ可能性、他社の持つ可能性、地域の持つ可能性などです。 - 必要なアクションを書き出す
実現するための課題や、可能性が把握できた後は、それらを解決・実践するために必要なアクションを全て書き出します。
この時はまだ時間軸や実現可能性などは気にせず、一旦全て出し切ります。 - 時間軸に並べる
必要なアクションを時間軸に並べつつ、不足しているものがあればその都度足して行きましょう。
バックキャスティングの前に読むべきおすすめ資料
バックキャスティングでは、2030年、2050年と10年近く先の未来での在りたい姿を描く必要があります。
そこで、少しでも未来について想像がつきやすくなる未来の年表を3つご紹介します。
三菱総研の未来社会構想
2019年に発行、全部で16ページになります。
野村総研の未来年表
2021年発行、全部で8ページになります。
みずほフィナンシャルグループ 2050年のニッポン
2018年発行、全部で38ページになります。
以上の3つになりますが、医療やテクノロジー、コミュニティの在り方など、さまざまな視点で未来について知ることができ、どの業界の方にもお読み頂けます。
バックキャスティングを実践した企業事例
インターフェイス社(アメリカ)
タイルカーペットで有名なインターフェイス社は、1994年に「2020年までに環境負荷をゼロにする」という目標を掲げました。当時、それは不可能だと考えられていましたが、バックキャスティングで在りたい姿を定めたことで現在、その目標はほぼ達成されています。
トヨタ自動車株式会社
国内でいち早く経営に取り入れたのはトヨタ自動車で、2015年に「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表しています。
そこには、2050年までに新車の二酸化炭素の排出量を9割削減や工場の二酸化炭素排出ゼロを目指すなどの内容などが記載されています。一見実現不可能な目標にも思えますが、持続可能な社会に向けて「在るべき姿」を設定し、実現のために行動を行っています。
最後に
いかがでしたでしょうか?
誰もコロナが流行って経済が低迷するとは思っていなかったように、未来で起こることは誰にも予想できません。
バックキャスティングの考え方はTCFDのシナリオ分析で、それぞれの気温上昇のシナリオを考える際に活用することができます。
今回ご紹介した3つの参考資料などもご覧いただきながら、経営の中で実践してみるのはいかがでしょうか。
参照:
LESSONS FOR THE FUTURE
トヨタ自動車株式会社
今さら聞けない「バックキャスティング」の使い方