COP28現地レポート!気候変動とAIの未来を探る
AI(人工知能)は、コンピューターシステムが人間の知能を模倣することを目指した技術や研究の総称です。機械学習、パターン認識、自然言語処理、問題解決能力などの技術を組み合わせて、AIは知的な活動を模倣または実現しようとします。2023年、自然言語生成に優れているChatGPTの登場は、人類に大きな衝撃を与えました。
しかし、AIは新しい技術や研究ではありません。古くは、第二次世界対戦後、数学者やコンピュータサイエンティストたちが、計算機を使って複雑な問題を解決する手法を模索し始めた際始まったのが、初期のAIに関する研究でした。そして、2000年代以降、大量のデータや計算リソースの利用が進み、機械学習やディープラーニングなどの技術が急速に進化したことで、AIの新たな発展が始まりました。そして、気候変動問題を解決するために、AIは大きく寄与すると言われています。
倫理的なAIとは?
AIは人類を脅かすのではなく、社会のさまざまな場面で、より積極的に利活用されるために、倫理的なAI(Ethical AI)のアプローチが重要だと言われています。倫理的なAIとは、人工知能技術やシステムの開発、運用、利用において、道徳的な原則や価値観を尊重し、社会的な側面や倫理的な懸念を考慮するアプローチを指します。これは、AIが人々の生活や社会に影響を与える可能性が高いため、その開発と使用においては慎重かつ責任ある取り組みが求められているという観点から生まれています。
例えば、Microsoftは、責任あるAIに関する基本原則を公表しています。アカウンタビリティ、包括性、信頼性と安全性、公平性、透明性、プライバシーとセキュリティという6つの基本原則を掲げています。Microsoftは、AIが主流な製品やサービスに活用されていく中で、この6つの基本原則に従うことを約束しています。また、倫理的なAIを実践するためには、AIの開発や運用を行なっているMicrosoftのような企業が倫理的規範を示すだけでなく、政府セクター等が法規制や産業標準化を行う必要もあります。
AIと気候変動の関係
COP28では、AIに関するパネルディスカッションやサイドイベントが数多く開催されました。MicrosoftのChief Sustainability Commercial OfficerであるSherif Tawfik氏が登壇した、”気候変動ソリューションの強化: クラウド コンピューティング、データ、AI を活用して気候変動イノベーションの最前線に立つ”のイベント内容を紹介します。イベントで、Sherif Tawfik氏は、3つの点でAIが気候変動の緩和と適用に貢献できることを参加者と共有しました。
1) 複雑なシステムを測定、予測、最適化する
AIを活用すると、従来の分析手法では複雑すぎるシステムのパターンを識別し、結果を予測し、パフォーマンスを最適化できるようになります。そして企業のサステナビリティ推進担当者は、システムの測定と管理にAIの分析能力を活用することができます。例えば、森林保全プロジェクトに対する測定と管理について考えます。
異常気象等の影響により山火事によって大気中に放出されるCO2は、年間約7GT(ギガトン)と言われています。山火事は、天候、植生、土地利用などの多くの要因が複雑に絡み合うため予測が困難です。しかし、AIを活用することにより、過去のデータから高い確率で山火事発生の予測が可能となり、適切な予防策と管理を実施でき、山火事のリスクマネジメントの高度化を実現できます。
2) 持続可能性ソリューションの開発を加速する
AIは、低炭素材料や再生可能エネルギーの生産と貯蔵、温暖化に対して耐久力が強い農作物、医療など、幅広い産業セクターの新たなソリューションの発見と開発を加速できます。例えば、新型コロナウィルス感染症に対するワクチン開発のスピードを加速させるのにAIは大きな貢献をしました。
AIを使用して候補メッセンジャー RNA(mRNA)分子をスクリーニングしたことで、モデルナは効果的な新型コロナウイルス感染症ワクチンを従来の方法では4年かかっていたのに対し、わずか6週間で製造することができました。
3) 持続可能性を追求する従業員に大きな力を与える
AIは、持続可能性や脱炭素化を追求する専門家や推進者に、大きな力を与えます。また、従業員の新たなグリーンスキルの習得にも役立ちます。Microsoftは、大規模言語モデル(LLM)を使用してサステナビリティに関わる科学と政策文書の膨大なアーカイブにアクセスして、情報を抽出し、専門家やサステナビリティ推進者が複雑な課題をスピーディーに理解し、管理するために必要な情報を簡単に見つけられるようにします。
COP28イベント: GoogleとMicrosoftの対談
次にGoogleのCheif Sustainability Officer・Kate Brandt氏とMicrosoftのCheif Sustainability Offier・Melanie Nakagawa氏のCOP28での対談イベントの内容を紹介します。
AIを有効的に活用するためには、データ(一般的にはビッグデータと呼ばれるもの)が欠かせません。企業は、ビジネスの現場からデータを収集し、データを蓄積する必要があります。例えば企業にとって炭素会計の実施は、必須になりつつあります。炭素会計を実施するにあたり、数値の正確性を高めるため、1次データを活用する場合は、膨大なデータセットと分析が必要になります。AIは、データセットの取得と分析を実施する上で不可欠であり、単なる効率性や生産性の向上だけでなく、正確な意思決定を行うためのツールとして非常に有用であることを、Kate Brandt氏とMelanie Nakagawa氏は強調しました。
政府セクターにおいても、AIは意思決定の一翼を担っています。データを可視化し、エネルギー消費量の削減に寄与するAIの活用は、GHG排出量の削減において非常に重要です。アメリカでは、AIに関する知識を深めるための奨学金プログラムが展開されており、テクノロジーの学習とクラウドの活用を通じてAIを効果的に活かす担い手を増やす動きがあります。また、政府セクターがエネルギー政策を立案し、決定する際もAIは重要な役割を果たします。AIは新しいテクノロジーではありません。既にビジネスシーンで実装されているテクノロジーです。
Google・Kate Brandt氏は、対談イベントで以下の点を強調しました。
- 現状の気候変動に対する取り組みでは、地球の気温は2.8度上昇してしまう可能性があり、取り組み内容を改善しないと、気候変動によるネガティブな影響が拡大してしまう恐れがある。2050年に向けAIを積極的に正しく活用することで、世界のGHG排出量全体の5〜10%を削減できる可能性があるとGoogleは考えている。2020年の世界のエネルギー起源のCO2排出量で、EU27か国の世界全体における排出割合は7.6%だった。AIの活用によって、EU全体のCO2排出量すべてを削減できるほどの大きなインパクトを期待できる。
- 2030年までにネットゼロエミッションを目指す取り組みとして、Boston Consulting Groupと連携し、AIを活用した潜在的な解決策の最適化や優れたアプリケーションを研究するプロジェクトが進行中だ。例えば、送電線整備計画の方法論や航空セクターに対する適切なGHG排出量削減アプローチの改善、GHG排出量 Scope3の削減ロードマップ策定などが含まれる。
- AIを活用することで、森林火災だけでなく水害や洪水についても、災害発生の7日前に発生可能性を予測するパターンが読み取れるようになった。
次に、Microsoft・Melanie Nakagawa氏は、対談イベントで以下の点を強調しました。
- Microsoftが行った調査によると、世界の9人中7人は、デジタルスキルや環境配慮に対して適切な知識を持っていない。特に、グローバルサウスではデジタルインフラの整備が急務であり、デジタルスキルや環境配慮に対して適切な知識の教育の機会を提供する必要がある。
- AIは電力システムの効率を最大化する力を持っている。また、過去データから気象パターンを読み解き、未来の気象に関わる出来事を予測する能力も優れている。AIを活用できるテーマは幅広い。
- AIやクラウドなどのテクノロジーは更なる飛躍が期待されるが、同時にAIとクラウドは大量のエネルギーを消費する。AIコンピューティングモデルの最適化やエネルギー効率の向上に向けた取り組みが重要だ。また、データセンターの建設では、炭素負荷が大きい鉄鋼製品やセメントを使用する。データセンターで使用するハードウェアに対してもイノベーションによって新たなものを創造し、AIやクラウドサービスに関わるカーボンフットプリントを最小化する必要がある。
AI、クラウドサービスを提供するデータセンターのネットゼロは当たり前
Microsoftによると、AIが使用する電力はデータセンターで使用される電力のほんの一部に過ぎず、データセンターは世界の電力供給量全体の約1%を消費しているそうです。しかし、データセンターが新たに次々と建設されることで消費電力量が大幅に増えてしまうと、AI運用に関わる広範な政策や規制に影響を与えてしまいます。そのため、データセンター建設に使用される原材料の環境負荷やデータセンターの消費電力量、事業成長をデカップリング(切り離して、連動させない)することが重要です。GoogleやMicrosoftだけでなく、AmazonやApple、Metaもこのデカップリングの考え方を事業戦略に導入しています。
GAFAMは、安価でエネルギー効率が高い再生エネルギーを積極的に創出・導入し、競争力を高めています。同時にデータセンターの消費エネルギー効率を改善するためにクーリングシステムの効率改善や消費する水資源の管理も徹底しています。APAC(アジア太平洋地域)においては、化石燃料に依存している地域が多く、新たなクリーンエネルギーの創出と電力システムの整備が必須です。AIやクラウドビジネス需要の拡大が見込まれるAPACで、GAFAMはクリーンエネルギー開発に直接的に携わるケースも増えています。そして、最大限の努力を行なっても達成が難しい、GHG排出量 Scope3の一定の割合に対しては、自然ベースの炭素削減手法も合わせながら2030年の目標達成に対して行動を起こしています。
Microsoft・AI & Sustainability Playbookを発表
COP28が開幕する2023年11月にMicrosoftは、サステナビリティの取り組みを推進するためのAI活用のPaybookを公表しました。
Accelerating Sustainability with AI: A Playbook – Microsoft On the Issues
Playbookは、AIの驚くべきポテンシャルを最大限活用するために、組織内での共通理解や標準化された手順を確立させ、問題解決や目標達成に対する方針を提供します。このPlaybookには、データセンターのエネルギー消費量を最小化する方法や資源の効率的な利用に関する情報も記載されています。
ネットゼロ実現に対するAIの貢献度や影響を理解するためには、AI事業の世界的な拡大によるエネルギー消費量の変化はどうか、 世界の電力システムはどれくらいのスピードで脱炭素化するのか、AI活用によって生み出される持続可能性ソリューションの実現可能性等について考えなければいけません。
また、AIを効果的に活用して地球の持続可能性を加速するには、企業、政府、市民社会が協力して、世界のネットゼロ実現に対するAIの影響を決定する要因を継続的に監視しながら、それを可能にする条件を見つけ出す必要があることもPlaybookに記載されています。AIに関する政策やガバナンスを強化するとともに、AIを活用できる人材開発も重要です。
COP28 Technology and Innovation Hubイベントより
AIは、既存の持続可能性ソリューションの導入と新しいソリューションの開発を、より速く、より安く、より優れたものへと変える有用なツールです。人が機械に合わせる時代から機械が人に合わせる時代に変わった21世紀。原子力やコンピューターの登場ぐらいインパクトがあると言われているAIを最大限活用し、気候変動の緩和と適応に向けたビジネス機会獲得の本格的な競争が始まっています。