プラスチック粒子で起こる海洋汚染|人体への影響や各国の取り組みは?
2023年3月8日、米科学誌プロスワンが、世界の海は推定171兆個のプラスチック粒子によって汚染されているという研究結果を発表しました。プラスチック粒子の量は、回収すれば重さ230万トンにのぼるとしています。
ここでは、プラスチック粒子について、それが海洋に及ぼしている影響についてみていき、世界や日本のプラスチック粒子に対する取り組みと、私たちひとりひとりが身近なことからできるプラスチック粒子による海洋汚染を防ぐ対策について見ていきたいと思います。
プラスチック粒子の中のマイクロプラスチック
プラスチック粒子とは、プラスチック製品が劣化や摩耗によって破片となったもので、マイクロプラスチックやナノプラスチックと呼ばれます。マイクロプラスチックとは、直径5㎜未満の非常に小さなプラスチックの粒子を指します。これらは元々小さいものや、大きなプラスチック製品が劣化して細かく砕けたものなどがあります。プラスチック素材であるため、紫外線に弱く、自然には分解されず、風や波に流されやすい特性があります。
世界自然保護基金(WWFジャパン)の研究によると、プラスチックは数百年もの間、環境中で分解されずに残ることが示されています。特に小さなマイクロプラスチックは回収が非常に難しく、海洋生物の生態系に深刻な悪影響を与えることが多いです。
マイクロプラスチックの発生要因としては、製造段階で使用される小さなプラスチック粒子や、自然環境で砕けたプラスチック破片などが挙げられます。
マイクロプラスチックの種類
マイクロプラスチックの発生原因は、一次的なものと二次的なものの2つに分類されます。
一次マイクロプラスチックは、製造過程で生じる小さなプラスチック粒子やビーズ状のものを指します。これには、洗顔料や化粧品に含まれるマイクロビーズや、合成繊維製品から流れ出る微細なプラスチック粒子が含まれます。これらの粒子は非常に小さく、下水処理施設での除去が難しいため環境中に放出されてしまいます。
二次マイクロプラスチックは、大きなプラスチック製品が自然環境で劣化して細かく砕かれたものを指します。海に漂流したり、紫外線や風雨の影響を受けたりして、発泡スチロールやペットボトルなどのプラスチックごみが小さく分解されます。これにより、マイクロプラスチックが発生し、環境や生態系に悪影響を及ぼす要因となります。日常生活で使用される製品からの微細な粒子の放出や、プラスチックごみの不適切な処理が、マイクロプラスチック汚染の主な原因です。
マイクロプラスチックによる影響
マイクロプラスチックが人体や環境に与える影響は無視できません。
人体への影響
まず、マイクロプラスチックは非常に小さな粒子であるため、容易に体内に入り込む可能性があります。特に、海洋生物が摂取したマイクロプラスチックが食物連鎖を通じて私たちの体内に取り込まれることが懸念されています。体内に入ったマイクロプラスチックは血液に吸収され、全身に広がる可能性があり、健康への悪影響が指摘されています。
例えば、2022年のオランダの研究では、健康な成人の血液からマイクロプラスチックが検出され、イギリスの研究でも肺手術を受けた患者の肺からマイクロプラスチックが発見されています。これらの発見は、マイクロプラスチックが人体の内部にまで影響を及ぼしている可能性を示しています。さらに、肺におけるマイクロプラスチックの存在が、炎症やぜん息、さらにはがんのリスクを引き起こす可能性も示唆されています。ただし、これらの影響についてはまだ完全には解明されておらず、さらなる研究が必要とされます。
生態系への影響
マイクロプラスチックは生態系にも深刻な影響を及ぼします。海洋生物がマイクロプラスチックを誤って摂取すると、その体内に蓄積し、健康被害を引き起こす可能性があります。クジラやウミガメなどがプラスチックゴミを摂取し、結果的に栄養を摂取できずに餓死するケースが報告されています。これにより、食物連鎖全体に影響が及び、海洋生態系のバランスが崩れる恐れがあるのです。
環境への影響
環境への影響も深刻です。マイクロプラスチックは自然界で分解されにくく、海洋や土壌に長期間残留します。これにより、土壌の肥沃性が低下したり、水質が悪化したりする可能性があり、生態系全体に持続的なダメージを与えることが懸念されています。
ペットボトル飲料水に含まれるナノプラスチックの危険性
ペットボトル入りの飲料水には、1リットルあたり平均で約24万個ものナノプラスチック粒子が含まれていることが、米コロンビア大学の研究によって明らかにされました。ナノプラスチックとは、長さが1マイクロメートル未満の非常に小さなプラスチック粒子で、マイクロプラスチックよりもさらに微細です。
この研究では、米国で人気のある3種類のペットボトル飲料水を調査し、1リットルあたり11万~37万個のプラスチック粒子が検出されました。粒子の大半(90%)はナノプラスチックであり、残りはマイクロプラスチックでした。検出されたプラスチックには、ペットボトルの材料であるポリエチレン(PE)やポリエチレンテレフタレート(PET)、発泡スチロール容器に使われるポリスチレン(PS)などが含まれていましたが、最も多く検出されたのはナイロンの一種であるポリアミド(PA)でした。
興味深い点は、飲料水中に見つかったナノプラスチックのほとんど(90%)が、どの種類のプラスチックか特定できなかったことです。種類によっては、1リットル中に数千万個ものナノプラスチックが含まれている可能性もあります。
PETやPEはペットボトルの包装材に含まれており、保管や輸送中にボトルから放出されると考えられますが、他のプラスチックは飲料水の製造過程で混入した可能性が指摘されています。
ナノプラスチックの存在は、これまでの研究で見過ごされてきたもので、これまでの推定値は主に1マイクロメートル以上のマイクロプラスチックに限られていました。しかし、ナノプラスチックは非常に小さいため、体内の様々な場所に移動し、血液や肺、心臓、脳にまで浸透する可能性があります。このため、ナノプラスチックはマイクロプラスチックよりも危険性が高いと考えられています。ナノプラスチックは腸内で炎症を引き起こし、酸化ストレスによって細胞や組織のバランスを崩す原因になリます。また、代謝障害や成長障害、生殖異常、胃腸機能障害などの健康リスクも指摘されています。
一部では、マイクロプラスチックの人体への影響が「嘘」とされることもありますが、これは具体的な症例がまだ少ないためです。しかし、マイクロプラスチックが化学物質を吸着し、それが人体に蓄積される可能性があることが指摘されており、がんや代謝性疾患を引き起こすリスクがあるとの研究結果も出ています。こうしたリスクを軽減するため、各国は対策に取り組んでいます。
海洋汚染について
現在、海洋プラスチックが最も集中している地域は、地中海と太平洋ゴミベルトです。太平洋ゴミベルトとは、北太平洋上にロープやブイといった大量の漂流ゴミが集まっている海域のことです。その面積は、日本の国土の約4倍です。
化石燃料由来のプラスチックは、自然由来の素材ではないため、自然分解されることはありません。プラスチックゴミは、クジラや海鳥、カメ、魚といった野生動物が獲物と勘違いして飲み込むことで命を落としてしまうことがあります。また、小さい粒子になったマイクロプラスチックは、水道水からも検出されており、既に人間の肺や静脈、胎盤からも発見されています。
研究チームは、1979年から2019年にかけて、太平洋、大西洋、インド洋、地中海のそれぞれに設置された合計12,000地点のデータを分析しました。その結果、プラスチックによる海洋汚染は、2005年以来急激に増加していることが分かりました。
研究チームの1人であるリサ・アードル氏は、「従来の想定値を大幅に上回っている」と話しています。また、研究チームは、このまま何も対策を講じなければ、海に流れ込むプラスチックの量は今後40年間で約2.6倍増えると予測しています。
プラスチック粒子に対する取り組み
ここからは、プラスチック粒子に対する各国の取り組みと、日本政府の取り組みについてみていきます。
各国の取り組み
イタリア | マイクロプラスチックを含む洗い流せる化粧品の製造・マーケティングを禁止 |
フランス | 使い捨てプラスチック容器を原則使用禁止 |
台湾 | 段階的にプラスチック製ストローを使用禁止し、2030年までに完全使用禁止 |
イギリス | マイクロビーズの禁止、使い捨てレジ袋有料化 |
カナダ | 2022年に特定使い捨てプラスチック禁止規制案を発 |
日本政府の取り組み
2019年6月に大阪で開催されたG20サミットでは、「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が共有されました。このビジョンの目標は、2050年までに海洋プラスチックごみによる新たな汚染をゼロにすることです。日本政府はこの目標達成に向けて、以下のアクションプランを発表しました。
アクションプラン
- 廃棄物管理、海洋ごみの回収、イノベーションの推進。
- 途上国の能力強化支援。
- 技術革新による海洋生分解性プラスチックや紙等の開発と転換。
- 日本の技術を活かした途上国支援。
- 海洋プラスチック対策の科学的知見の充実。
2022年には「プラスチック新法」と呼ばれる資源循環促進法が施行されました。この法律の主な目的は、プラスチックごみの削減とリサイクルの促進です。プラスチックの使用を制限するのではなく、設計から再利用に至るまで全てのプロセスで資源の循環を図ることを目指しています。この法律はサーキュラーエコノミー(循環経済)の考え方を基にしており、3R(リデュース、リユース、リサイクル)に加え、「リニューアブル(再生可能)」を目標としています。
マイクロプラスチック削減のためにできること
マイクロプラスチック問題に対処するためには、プラスチックの使用を減らすことが鍵です。具体的には、以下の取り組みが効果的です。
使い捨てプラスチックの利用を控える
使い捨てプラスチック製品は環境に大きな影響を与える原因の一つです。日本では年間約940万トンのプラスチックが廃棄され、その一部がマイクロプラスチックとなります。私たちにできる対策は、使い捨てプラスチック製品の使用を減らし、再利用可能な製品やリサイクル可能な選択肢を選ぶことです。例えば、マイカップやマイボトル、マイカトラリーを持ち歩く、プラスチックストローの代わりに金属や竹のストローを使用するなどがあります。
洗濯ネットを活用する
衣類の洗濯中にマイクロプラスチックが流出することがあります。これを防ぐためには、マイクロプラスチック対応の洗濯ネットを使用するのが効果的です。洗濯ネットは微細な繊維を捕捉し、洗濯後に取り出して処理することができます。これにより、海洋に流出するマイクロプラスチックを減らすことが可能です。
プラスチックごみを正しく処理する
プラスチックごみを適切に処理することも重要です。指定された日にごみを出し、リサイクル施設に持ち込んで適切に分別することで、マイクロプラスチックの環境への流出を防げます。日々のごみ処理を正しく行うことが、持続可能な社会を作るための一歩です。
ポイ捨てをしない
ポイ捨ては環境に大きな悪影響を及ぼします。ごみが風や雨で水路や海に流れ込み、マイクロプラスチックを発生させる原因となります。外出先で出たごみは、公共のごみ箱に捨てるか、自宅に持ち帰って処分しましょう。また、周囲の人々にもポイ捨ての回避を呼びかけることが大切です。
海岸の清掃活動に参加する
直接的にプラスチック粒子の海洋汚染を防ぐとして、海岸の清掃活動をするのも効果的です。個人で活動することももちろん良いですが、最近では各地でビーチクリーン活動を企画している団体も多いので、探してみると良いでしょう。
マイクロプラスチック削減は私たち一人ひとりの取り組みから
マイクロプラスチックの人体への影響については現在も研究が進められていますが、悪影響が考えられるため注意が必要です。また、マイクロプラスチックは自然界に長期間残り続けるため、環境への影響も長期的です。日々の生活で意識的にプラスチック使用を減らすことで、マイクロプラスチックの発生を抑制することができます。
美しい海を次世代の人類に受け継いでいくために、身近にできることから始めてみませんか。