オランダのサーキュラーエコノミーで目指す2050年の姿
サーキュラーエコノミー(循環型経済)が唱えられ始めたのは、2015年頃からです。
今までの経済活動の在り方は、Take(原材料調達)、Make(作る)、Waste(廃棄)という直線型でした。しかし、そう遠くない未来に予想される人口爆発、それに伴う資源の消費、廃棄の量を考えると、もはやリニア(直線型)経済には限界があるという声があがるようになりました。現在は、直線に一部循環を加えた3R(Reduce/減らす、Reuse/再利用、Recycle/リサイクル)活動によって廃棄を減らす取り組みが行われています。しかし、一部循環ではなく、TakeやMakeの段階から再利用、廃棄ゼロを折り込んで、線ではなく円を描くサーキュラーな経済活動にシフトしていくことが、地球環境を守りながら持続可能な社会を成り立たせる仕組みであると言われるようになりました。
私の住むオランダは、住民ひとりひとりが社会を構成する一員であるという意識が強く、社会が抱える課題に対しても「自分ごと」として捉える風潮があります。個人にそのような気質があるから社会構造がそうなっているのか、社会構造がそうだから個人にも自覚が生まれるのか、鶏が先か卵が先かと同じでどちらかわかりませんが、ともかく、このような環境の中で生活していると、私のようにそれほど意識が高くなかったとしても、日々の生活のなかでゴミを減らそう、環境に配慮した商品を選ぶようにしようなどと自然に考えるようになります。
2050年までに100%サーキュラーを目指す
EU(欧州連合)で2015年12月「サーキュラーエコノミーパッケージ」が採択されたのを受け、オランダでは2016年10月、「Circular Dutch economy by 2050」という国家的なプログラムを稼働させました。2050年までに100%サーキュラーエコノミーを実現することを目標に、政府はオランダの経済界やNGOと協定を締結。商品が役目を終えていきつく場所が埋立地ではなく貴重な原材料として確実に再利用されるために、廃棄物分別に2,700万ユーロを割り当て、商品のリサイクル能力を向上させるイノベーションを奨励しています。このような経済スタイルにシフトしていけば、2023年までに73億ユーロの市場価値と5万4,000人の雇用が生まれると見積もっています(2016年時の経済大臣の発言)。
新型コロナ感染症のパンデミックの影響で軌道修正があったかどうか明確な情報は得られませんでしたが、肌感覚では生活レベルで不安をリアルに実感することで、従来型の経済活動ではすまされないという風潮がますます強まったと感じます。
今回は、サーキュラーエコノミーを実現するためにどのように事業を展開しているのか、オランダらしいコンセプチュアルに溢れたスタートアップや中小企業の一例を分野ごとにご紹介します。
農産物をレスキューする ~食品業界~
いびつだろうが、色が違っていようが野菜は野菜
日本と同様、オランダでもスーパーマーケットでは形や色が良い野菜ばかりが並んでいます。それはEUの規定によって安全性や鮮度に加えて形状、均一性などが求められているからで、2009年に規定の一部が緩和されたものの、スーパー独自のルールなどにより、今でも曲がったキュウリやナスを見かけることはありません。2012年に創業したKromkommerは、そんな青果物を救う活動をしています。
オランダ語のkrom(曲がった)とkomkommer(キュウリ)をもじったKromkommerでは、いびつな形の野菜を使ってレトルトスープを製造販売していました。創業から8年目を迎えた2020年、スープ製造ストップを決断します。価格競争が激しくなってきたことに加え、消費者の意識が高くなり、個人店などでそのような野菜が並ぶようになってきたからです。Kromkommerは、廃棄撲滅を訴えるよりも、むしろどのような形であっても安全性が確保された青果物は同等に扱われるべきというアプローチで活動してきました。人権ならぬ“青果物の権利”の主張です。
少しずつですが権利を獲得しつつある今、Kromkommerは原点に立ち返ることにしました。そのような野菜が扱われる店舗を増やすことをはじめとして、ポップアップショップで消費者に直に訴えたり、農家や店舗、小売店、ファンで構成されるKrommunityというコミュニティーでイベントをしたり、いびつな野菜や果物の絵本を作ったり、木製玩具セットを販売したりなど、啓もう活動に力を入れています。最近では、各家庭で個性的な野菜を育ててほしいと、種の販売も始めています。
Krommkommerがユニークなのは、前述したように廃棄から「野菜がもつ権利を行使する」まで考えを広げたことにあると思います。形や色だけで格上・格下、スーパー行か廃棄場所行に分けられるほうがおかしい。言われてみれば、確かにそうです。知らず知らずに囚われていた既成概念を解き放つコンセプトは、ある種の小気味よさをもって消費者に訴えかけてきます。
プラスチック問題にヒップに取り組む
~マテリアル業界~
世界で喫緊の問題となっている廃プラスチック。アムステルダムの団体「Plastic soup foundation」によると、プラスチック生産量は毎年爆発的に増えています。1950年代では200万トンだったのが2019年は3,680億トンに、2025年には約6,000憶トンになると予想されています。そのリサイクル率はたった9%。
考えるだけで気が重くなる廃プラスチック問題ですが、遊び心を忘れずクールに取り組んでいる企業があります。アムステルダムを拠点にするスタートアップのWasteBoardsです。プラスチックボトルのキャップを利用したスケートボードを作っています。デザインや素材の強度などに関して2年間の研究、試作を経て誕生したスケートボードは、コンセプトのみならず、キャップをそのまま生かしたカラフルなデザインで人気を呼んでいます。
スケートボードはオンラインショップで買うこともできますが、目の前でカスタムメイドすることもできます。それを可能にしているのが、WasteBoardsが開発した運搬可能な「ボード・ベーカリー」というマシーン。WasteBoardsはイベント活動も積極的に行っており、ミュージックフェスなどの会場にボード・ベーカリーを持ち込み、来場者がボトルキャップを持参すれば、その場でスケートボードを「焼き上げ」ます。
キャップの大半は、介助や目の見えない方を助けるガイド犬を訓練する団体から購入しています。団体は資金集めのためにボトルキャップを集めており、そこから大量に購入することで資金協力になり、スケートボードの素材も確保。スケートボードが廃プラスチック解決と社会貢献の両面で機能するとは、誰が想像したでしょうか。
WaseBoardsはウェブサイトで「小さくはじめて大きな夢へ」というメッセージを発信しています。「ボード・ベーカリー」をインドのデリーやブラジルのファベーラなどのスラム街に持ち込んでスケートボードファンを増やしていけば、うず高く積もるゴミを減らしていけるはずだと、スケボに夢に乗せて進んでいます。
布の代わりにピクセルを利用する
~ファッション業界~
ファストファッションの台頭によりファッション業界もまた、大量の廃棄品を抱えています。リサイクルされた素材は今の技術では劣化を避けられないばかりか、もともとリサイクル不可能なファブリックも多く使われていることもあり、衣服に使われる生地の85%が廃棄されていると言われています(アメリカ合衆国環境保護庁より)。またパンデミックの影響で、ファッションショーなど人が集まるイベントを開くことが難しくなり、ファッション業界をとりまくビジネス環境は厳しさを増しています。
ファッションを楽しむのに物理的な洋服は不要である――。そんな大胆な発想で注目されているのが2018年に誕生したアムステルダムのThe Fabricantです。世界初のデジタル・ファッション・ハウスというコンセプトの元、3Dのデジタル空間でバーチャルウェアを制作しています。創業者の一人、Amber Jae Slooten氏は、建築デザイン雑誌『Dezeen』で、デザインを学んでいる学生の時に大量のファブリックが破棄されていること知り、気分が悪くなったと語っています。新しい洋服を着る自分を鏡越しに見て気分を上げることは、傷ついた地球と引き換えにするほど必要なことなのか。21世紀ならではの新しいファッションを語ることができるのではないか。
デジタル洋服をダウンロードしてアバターでファッションを楽しむプラットフォームを作ったり、スニーカーブランドとデジタル空間で履くデジタルスニーカーを発表したり、3Dアセットを公開してクリエーターに共同デザインを呼びかけたりするなど、仮想空間でのファッションを模索しています。ファッションを根本から再定義し直す挑戦は、サーキュラーエコノミーという枠を超え、とてつもない可能性を秘めていると言えるのではないでしょうか。
廃棄物を宝に変えるデートサイト
~デジタル・プラットフォーム業界~
「温室効果ガス排出や廃棄物を削減するために私が作ったのは……デートサイトです」と、テックカンパニーであるExcess Materials Exchangeの創業者Maayke-Aimée Damen氏はTED Talkで茶目っ気たっぷりに語ります。Excess Materials Exchangeは廃棄物を排出する企業、それを有効活用できる企業をAIを使ってマッチメーキングさせるデジタル・プラットフォームを構築しています。
廃棄物が減らない原因の一つがセクターの分断にあると考えたDamen氏。レストランセクターで大量に排出されるコーヒーの出がらしも他のセクターに渡れば石鹸になり、キノコ栽培の培地になり、インクの顔料になる。あるいは40年が寿命といわれる鉄道の線路は、役割を終えると金属スクラップとして1メートル8ユーロ程度で取引されますが、価値を分析し、適正なアイデンティティーを与えれば、建築物の梁として1メートル20~50ユーロの素材に変身します。つまり、ゴミは宝の山になり得るのです。
10企業と18の素材でパイロットテストを行ったところ、適切にマッチメーキングさせればそれらの素材に6,400万ユーロの価値が生まれ、アムステルダムの住人(約86万人)がミラノまで運転する車から排出されるCO2ガスが削減でき、パリを5年間照らす光と同様のエネルギー、オリンピックサイズのプール860個分の水が節約できるといいます。Excess Materials Exchangeのプラットフォームは、廃棄物の単なる交換場所ではなく、廃棄物の資産価値を環境面、金融面から評価し、新たなアイデンティティーを与えるというところに新規性があります。また材料や製品に、その組成、原産地、毒性、分解可能性などを付したパスポートを発行し、バーコードやQRなどを利用して、材料のライフサイクル全体を追跡できるような仕組みも構築しています。
まとめ
国土の1/4が海抜0メートル以下というオランダは、水の脅威から国土を守るために、人々が共同して堤防を作り、干拓地を切り開いてきたという歴史があります。そのような風土や歴史が、社会にとって有益ならば業種を超えて横断的に課題に取り組む気質を生んだと言われています。廃棄物を削減するには、オランダ社会のように、そしてExcess Materials Exchangeのように横の連携が重要です。
日本は縦割り社会だと言われています。縦に割られた業界ごとに循環させることも大切ですが、社会という大きな枠で輪を描いて循環させていくことがサーキュラーエコノミーにおいては大切なのだと思います。
そして、みんなで協力して取り組もうという気概だけでは続きません。サーキュラーエコノミーは地球を救う慈善活動ではなく、インセンティブが働く経済活動であることを念頭におきながら、KromkommerやWasteBoardsのように廃棄物を使って新たな価値やモノを生み出すアイデアや、Excess Materials Exchangeのようにゴミから資源へと発想を転換する。つまり、広い視野に立ってフレキシブルに考えられるか否かが鍵なのではないでしょうか。オランダが得意としているように、業種の壁を超えて、横へ横へとつながっていけば、やわらかく着想できるようになるのだと思います。