気候変動とHIV治療|異常気象が健康にもたらす影響とは?
温暖化や異常気象は、人間の健康にも大きな影響を与えます。日本では熱中症で緊急搬送される件数が近年増える傾向があります。グローバルサウスでは、熱中症だけでなく、感染症の拡大や飢餓、栄養不足の課題が浮き彫りになっています。人類のウェルネスを追求する上で、気候変動の緩和と適応の取り組みを加速させる重要性が年々高まっています。
HIV会議での警鐘
2023年7月にオーストラリアのブリスベンで第12回国際エイズ学会が主催したHIV会議が開催されました。気候変動による異常気象や気温の上昇による影響が、HIV感染者や生命を守るサービスの提供に対して脅威をもたらすという課題が会議の発表者より提起されました。洪水などによって引き起こされる医療システムの混乱は、HIVケアサービスの提供を妨げるだけでなく、社会インフラが大きな損害を受けた場合は、住民の強制的な移住につながります。移住した土地で、継続的にHIVケアサービスを受けることができるかどうか分かりません。また、異常気象や気温上昇によって、HIV感染患者の健康に悪影響がある場合、同じ患者に対してHIV薬剤の効果が変わる可能性も指摘されました。
このHIV会議では、実際に起こっている悪影響についても触れられました。2022年のロシアによるウクライナ侵攻により多くのウクライナ難民が発生しています。UNHCR(国連難民高等弁護事務所)によると、2023年時点でウクライナ国内の避難民は600万人、EUの国々へ逃げた難民の数は800万人と発表しました。そして、EUの国々へ逃げた難民の約60%は、ポーランドに滞在していると言われています。一般的に難民はHIV感染の割合が高い傾向にあり、特に女性は高い感染リスクが確認されています。また、難民は医療利用のアクセスが制限されたり、HIV感染者に対して差別や偏見(スティグマ)を地域コミュニティ内で拡げてしまうリスクも指摘されています。
気候変動が健康に与える影響
異常気象や持続的な干ばつ、洪水、淡水資源の減少等によって生じる食料不足は、被害がある地域の食料システムに依存している人々の健康を悪化させる原因となります。また、デング熱やマラリア、ジカ、チクングニアなど気象状況に敏感な媒介感染症を拡げる可能性があり、地域コミュニティに対する長期的かつ慢性的な悪影響が懸念されています。これらの感染症の拡大はHIV感染と相互作用し、共感染のリスクを高めると言われています。結果、HIV感染者の主要な死因であるクリプトコッカス髄膜炎やヒストプラスモーシスを含む感染症が増え、気候変動による要因によって、HIV感染者の死亡率が上がってしまうリスクが国際機関からも指摘されています。
気候変動によって引き起こされる4つの要因は、人間の健康に大きな影響を及ぼします。
①食料システムの不安定性
異常気象が農業に影響を与え、食料システムが不安定になる可能性があります。これによって、飢餓や栄養不良のリスクを増加させ、健康に悪影響を与える可能性があります。
②水資源の変動
気温の上昇が水資源に影響を与え、干ばつや水不足が発生する可能性があります。清潔な飲料水の不足は、水に関連する感染症や健康問題を引き起こす可能性があります。
③精神的な影響
異常気象や自然災害は、人々の心理的な健康にも影響を与える可能性があります。災害によるストレスや避難生活に伴う精神的な負担が増加することが考えられます。
④公共衛生サービスの負担
異常気象や自然災害の影響によって、医療施設や公衆衛生サービスへの負担が増加する可能性があります。災害時には感染症の流行が起こりやすく、医療リソースが不足する可能性もあります。
これら要因による健康への影響は地域や状況によって異なりますが、気候変動の適応や緩和策は間接的に衛生や健康への対策にもなると言えます。
中東が認識する健康被害
COP28のサイドイベント「Shaping Climate – Resilient Health Systems: The Next Frontier」では、気候変動の影響による中東での健康被害について語られました。中東では、砂嵐による直接的な健康被害や気温上昇による熱中症リスクの増大、急性的な洪水リスクによる医療インフラの影響が大きくなっているそうです。
砂嵐による直接的な健康被害に関しては、2022年5月に発生したイラクでの広範囲に及ぶ健康被害の事例が挙げられます。広範囲で発生した砂嵐により、地域住民が呼吸困難になり、病院にかかったケースが5千件以上も報告されました。砂嵐によって死亡した例もあります。また砂嵐に含まれる微塵は、喘息やその他の循環器系疾患を引き起こすだけでなく、細菌やウィルス、農薬といった身体に害をなす物質の拡散にも繋がり、健康被害を拡大させます。
そのため、サウジアラビアやUAEは緑地化プロジェクトを次々と立ち上げ、砂嵐が発生しにくいエコシステムを再構築しようと試みています。一方で緑地化プロジェクトは時間がかかります。そのため、気候変動への適応策を同時に講じることが重要です。光学衛星を活用して砂嵐の発生を的確に予測し、予防策を講じるシステムの構築や医療の緊急体制の強化等にも取り組んでいます。
サイドイベントの登壇者の一人であったアブダビの保健省 Dr.Seleh Fares Al Aliは、次のように述べました。「2019年12月より感染拡大が起きたCOVID-19が発生した時、感染症に対してしっかりと準備ができていれば、どれほどの経済損失を防げただろうか。気候変動によって、感染症拡大リスクは増加するだろう。予防策と感染症が発生した際の緊急体制を常にアップデートし続ける必要がある」
健康被害は、子供や老人、疾病患者などの弱者がもっとも被害を受けやすいと言われています。人類は、気候変動の解決なしに、人類のウェルネスを追求することは困難であり、その解決が期待されます。