ホテル業界におけるGHG排出分析|持続可能な未来への第一歩
温室効果ガス(GHG)の排出傾向は業界ごとに異なっており、業界特有の傾向を示します。このため、各業界におけるGHG排出カテゴリごとの排出割合を分析することで、その業界のGHG排出削減対策の基本方針が見えてきます。今回は、ホテル業界の各GHG排出カテゴリの排出割合を分析すると共に排出削減方針を解説すると共に、将来的なビジネスチャンスについても解説します。
ホテル業界の特徴
ホテルでは利用客が宿泊や飲食などを行うため、水や食料の安定供給が大切になります。また、立地も観光地や海沿いなど、災害に弱い場所に建っているケースも多々見られるため、気候変動に影響を受けやすい事業形態だと言えます。ここでは、気候変動に伴うホテル業界のリスクを解説すると共にSBT(Science Based Target)の認定数もご紹介いたします。
ホテル業界における気候関連リスク
気候変動に伴い、ホテル事業の所有、経営、運営には様々なリスクが発生すると考えられています。以下に気候変動に伴う代表的なリスクを書き出します。
現行及び将来的な脱炭素関連規制のリスク
近年では、環境対策関連の法整備が進んでおり、様々な規制が出来つつあります。また、例えば炭素税や建物の省エネ基準など、国ごとに異なっています。これらの税額や基準は年を追うごとに厳しくなっているため、厳格化に伴いコストが増えると考えられます。
また、国際企業になると様々な国々でホテル事業を行っています。このため、国や州ごとに法律や基準を確認し、適切な対応を取るために法務部門を強化しなければなりません。この点もコスト増に繋がります。さらに、新しい法律や規制に従えなかった場合にはペナルティーを課せられる可能性がありますので、この点もリスクとなります。
マーケットリスク
気候変動がマーケットに与えるリスクは高く、様々な運営コスト増の要因が考えられます。例えば、炭素税の増税や建物の省エネ基準など規制によるコスト増です。脱炭素社会に向かうことで起きる変化はサプライチェーン全体で起こるため、購入する製品やサービスや輸送、廃棄物処理に関わるコストも増加すると考えられます。
レピュテーション(評判)リスク
気候変動対策を十分に実施できていない場合、レピュテーションが低下してしまうリスクがあります。近年では、顧客や投資家たちの気候変動対策に対する興味が高くなりつつあります。消費行動や投資判断の指標が変わりつつあり、気候変動対策が不十分な場合、顧客や投資家から敬遠される可能性があります。最終的には売上げの低下や資本調達コストの増加に繋がるリスクがあります。
さらに、レピュテーションが低下してしまった場合、投資を受けにくくなり資金調達が困難になるリスクや株価の下落などのリスクも考えられます。
急性的な物理リスク
異常気象が頻発した際には自然災害が増加する恐れがあります。台風の頻発及び巨大化、暴風雨の発生、温暖化による海面上昇、洪水、土砂崩れなどの災害により、建物やインフラの修復コストの増加や保険料の引き上げ、従業員への補償などが発生する可能性が考えられます。
特に海沿いや河川沿いのホテルでは海水面上昇や高波、洪水、台風などにより大きな損害を受ける可能性があり、事業の持続性に大きな影響を与える恐れがあります。一方で、山間部のホテルでは土砂崩れによる建物への被害や、道路閉鎖などが発生する可能性が高くなります。
また、干ばつが起こった場合だと、山火事の発生や食糧及び水不足など、その地域で深刻な物理的及び経済的な影響を与えるリスクが考えられます。
慢性的な物理リスク
長期的な気候変動が起こった場合は、地域の気象状況が変わってしまう恐れがあります。例えば、降雨量が多い地域で雨が降らなくなると水不足が起こり、飲み水のみではなく農産物やその地域の植生にも影響を与え、食糧自給率や景観が悪くなってしまう恐れがあります。また、平均気温の変化や海面上昇、観光地の景観の変化による魅力の減少、さらには飲料水や食料の不足などといった様々なリスクにより、地域によってはホテル事業の継続が難しくなる状況も出てくる可能性があります。さらに、温暖化の影響により猛暑日が増えると冷房の使用時間が長くなり、電気代が上がる可能性があります。
ホテル業界のSBT申請傾向
ホテル業界のSBT認定数を調査しました。ホテル事業はSBTのホテル、レストンラン、レジャー、ツーリズムサービスの業界セクターに含まれます。今回の分析は、中核事業がホテル事業の企業をピックアップしています。
2024年6月20日時点でSBTiより認定された企業数は、合計16社です。16社の内、4社はSBT中小企業版の認定であり、日本では株式会社龍名館と北こぶしリゾートが認定を取得しています。
【SBT認定企業】
- Millennium & Copthorne Hotels plc. (イギリス)
- Mahindra Holidays and Resorts India Limited (インド)
- Hyatt (アメリカ)
- Hilton (アメリカ)
- MGM Resorts International (アメリカ)
- Melia Hotels International SA (スペイン)
- InterContinental Hotels Group PLC (イギリス)
- Radisson Hotel Group (ベルギー)
- Minor Hotels Europe & Americas, S.A. (スペイン)
- Marriott International, Inc. (アメリカ)
- ILUNION Hotels (スペイン)
【SBT中小企業版 認定企業】
- The Merrion Hotel (アイルランド)
- 株式会社龍名館 (日本)
- Arjeplog Hotel Silverhatten AB (スウェーデン)
- 北こぶしリゾート (日本)
- Legacy Vacation Resorts (アメリカ)
株式会社龍名館は、1.5度目標を達成するため、2021年を基準年と定め、2030年までにScope 1と2を42%削減する目標を設定しています。また、北こぶしリゾートも、1.5度目標を達成するため、2022年を基準年と定め、2030年までにScope 1と2を42%削減する目標を設定しています。両企業とも今後Scope 3排出量削減の目標も設定し、GHG排出量削減活動への取り組みが強化することが期待されます。
ホテル事業のGHG排出量の内訳
ホテル事業のサプライチェーン排出割合を様々な企業の排出データを基にしてScope 1、2及びScope 3のカテゴリごとに算出しました。ここでは特にGHG排出割合の高いカテゴリの排出について解説いたします。
ホテル事業のGHG排出量の内訳
以下の図2に、国際的にホテルチェーン事業を展開している企業で GHG排出量を開示している複数の企業のデータを用いて、排出カテゴリの平均値を算定しました。カテゴリごとの排出割合を示した図を、図2の下にカテゴリごとの排出割合の表を載せます。排出割合の計算の結果、とりわけ排出割合が高いのは、Scope 2とScope 3のカテゴリ2、14であることが分かりました。
Scope 2は自社の間接排出、つまり、購入した電気や熱、蒸気の使用に伴う排出です。ホテル事業は電気を非常に多く消費するため、Scope 2からの間接的なGHG排出がサプライチェーン排出量全体の約30%を占めています。
Scope 3カテゴリ1は購入した製品やサービスの使用です。例えば、ホテルの備品やアメニティや食材の原料調達、生産・製造、輸送時にGHG排出が該当します。カテゴリ1の排出量は全体の約30%を占めています。Scope 3カテゴリ14はフランチャイズ加盟店の営業に伴うGHG排出です。こちらは約19%を占めます。この3つの排出源を合わせると、全体の排出量の約80%を占めることになり、ホテル事業ではこれら3つのカテゴリのGHG排出削減を行うことが主な気候変動対策となります。
表1:ホテル業界ーの排出Scope及びカテゴリごとの平均排出割合表
排出カテゴリ | 排出内容 | 平均排出割合 |
Scope 1 | 自社の直接排出 | 6.4% |
Scope 2 | 自社の間接排出 | 30.5% |
カテゴリ1 | 購入した製品・サービス | 29.9% |
カテゴリ2 | 資本財 | 2.4% |
カテゴリ3 | Scope1,2に含まれないエネルギー活動 | 7.9% |
カテゴリ4 | 輸送、配送(上流) | 0.2% |
カテゴリ5 | 事業から出る廃棄物 | 1.5% |
カテゴリ6 | 出張 | 0.6% |
カテゴリ7 | 雇用者の通勤 | 1.9% |
カテゴリ8 | リース資産(上流) | 0.0% |
カテゴリ9 | 輸送、配送(下流) | 0.0% |
カテゴリ10 | 販売した製品の加工 | 0.0% |
カテゴリ11 | 販売した製品の使用 | 0.0% |
カテゴリ12 | 販売した製品の廃棄 | 0.0% |
カテゴリ13 | リース資産(下流) | 0.0% |
カテゴリ14 | フランチャイズ | 18.7% |
カテゴリ15 | 投資 | 0.0% |
ホテル業界特有のGHG排出量のカテゴリごとの計算方法
国際的なホテルチェーン企業ではScope 2とScope 3カテゴリ1、カテゴリ14からのGHG排出が多いことが分かりました。以下ではそれぞれの排出量の計算方法について説明します。尚、ホテルを所有するホテルオーナーは、Scope 3 カテゴリ14ではなく、カテゴリ13のリース資産(下流)に所有するホテルで排出されるScope 2と2のGHG排出量が計上されます。
Scope 2の算定方法
Scope 2は主に発電時の排出を指しています。この排出量の算定は、発電時のCO排出係数と活動量、つまり電力使用量の掛け算により行われます。
排出量 (kg-CO2) = 排出係数 (kg-CO2 / kWh) × 電力使用量 (kWh)
発電時のCO2排出係数は、電力1kWh当たりを発電した際に、どれだけのGHG(CO2)を排出したかを表しています。例えば、2022年の東京電力の一般的な電力メニュのCO2排出係数は0.376 kg-CO2/kWhでした。これは、1kWhを発電するのに0.376kgのCO2を排出した、という意味です。
この算定から、Scope 2の排出削減にはCO2排出係数を小さくするか、消費電力量を減らすか、の2つの方法しか無いことが分かります。
Scope 3 カテゴリ1の計算方法
カテゴリ1の算定方法もScope 2と同様にCO2排出係数×活動量により計算されます。排出係数は食器やテーブル、小麦粉などの各食材、包装紙材、労働派遣、法務サービスなど製品・サービスにより異なるため、製品・サービスごとにCO2排出係数が必要になります。活動量は重さや面積、距離、金額などがありますので、CO2排出係数に合わせて適宜選択する必要があります。
品目ごとの排出量の計算は簡単ですが、この算定をホテルで使用する製品やサービス全てについて行わなければならないため、非常に手間のかかる作業になります。
Scope 3 カテゴリ14の計算方法
カテゴリ14はフランチャイジー、つまりチェーンホテルによるGHG排出で、フランチャイズホテルのScope 1及びScope 2のGHG排出量を合計した値です。因みにScope 1は自社の直接排出を指しており、自社で使用したガソリンや都市ガスなど、化石燃料の燃焼に伴う排出です。排出量の計算は化石燃料の燃焼に伴うCO2排出係数×化石燃料の消費量です。
各フランチャイズホテルのScope 1とScope 2の排出量の算定を行い、合計することでカテゴリー14の全体のGHG排出量を算定できます。
ホテル業界のGHG排出量削減方法
GHG排出割合の分析の結果、ホテル業界でGHG排出割合が高いカテゴリがあることが分かりました。以下では、これらのカテゴリからの排出を削減するための方法を解説します。
Scope 1と2のGHG排出量削減方法
Scope 1の排出削減対策はガソリンや灯油、都市ガスなどの化石燃料の消費量を減らすことです。例えば、社有車をガソリン車からハイブリッド車やEVなど、よりCO2排出係数の低いエネルギー源を使用する車両へシフトすることや、ボイラーなどの熱生成機器を化石燃料から電動へシフトすること、さらに省エネ化及び高効率化を行うことで化石燃料の消費量を削減します。ただし、電動への置き換えを行う際には、再生可能エネルギーで発電された電気、もしくは排出係数が十分に低い電気を使用しなければ、GHG排出量を大きく減らすことができないため注意が必要です。
Scope 2の排出削減対策はCO2排出係数が低い電気を使用することです。このため、ホテルの敷地内や屋上などに太陽光発電設備を設置し、自家発電することが考えられます。また、自社の敷地内でオンサイトPPAを行うことや、オフサイトPPAの導入も有効な削減対策となります。
この他にも再エネ証書やカーボンクレジットの購入も削減方法として挙げられます。
Scope 3のGHG排出量削減方法
ホテル業界では、Scope 3の中で特にカテゴリ1とカテゴリ14からのGHG排出量が多かったため、この2つについて削減方法を説明します。
カテゴリ1のGHG排出削減方法
カテゴリ1のGHG排出削減は、例えば包装紙材であれば、化石燃料を原料としたプラスチックの使用から、バイオマス素材である木材の使用への切り替えが考えられます。また調達している食材はスマート農業など新技術により生産された低CO2排出係数の食材の使用などが考えられます。
スマート農業は農業のAIやロボットなど最先端のテクノロジーを導入した農業を指しており、近年は目覚ましい進歩が見られています。このスマート農業を導入することで、農薬の使用量の削減など、農産物のCO2排出係数の低下が期待されています。
カテゴリ14のGHG排出削減方法
カテゴリ14の排出削減に関しては、フランチャイジー各社が独自にGHG削減対策を行うよりも、まずは単体・連結グループで実施したGHG削減対策の内、効果的な対策をフランチャイジー全体へ導入することが考えられます。つまり、成功例を導入することが最も効果的だと考えられます。
SBTi Building Guidance (pilot) の主要ポイント
SBTi Building Guidanceとは、SBTが提供する建設業界におけるGHG排出削減ガイダンスです。2023年のIEAの報告では、建物でのエネルギー消費は世界の最終エネルギー消費の34%を占めていました。この内、化石燃料の使用に関連する排出量の8%、建物で使用される電力および熱の生成に関連する排出が約18%、建設に使用されるセメント、鉄鋼、アルミニウムの製造に関連する非エネルギー起源の排出が4%であり、建設業界はGHG排出量が非常に多い業界です。このため、建設業界からのGHG排出削減が世界的な課題となっています。
このガイダンスでは、建設業界のGHG排出削減のための指針が示されており、GHG排出量削減目標の設定の仕方から、削減の基本方針が書かれており、建設業界においては重要なガイダンスと言えます。ホテル事業者も新たなホテル建設を行う際や大規模な改装・修繕工事を実施する場合、このガイダンスを留意すべきです。
特に、最もGHG排出量の多い建物内での電力使用や熱の生成に伴うGHG排出削減方法が書かれており、この中には建物の低炭素設計、低炭素建築材料の使用、化石燃料から電気使用への切り替えと共に再エネ由来電力への切り替え、さらにはエネルギー需要を削減する省エネ技術の導入などが含まれます。例としては、電動のヒートポンプは従来の化石燃料を使用するボイラーの約4倍の効率性があるため、化石燃料の使用からこのような高効率の設備・機器への切り替えがこのガイダンスで推奨されています。
脱炭素から派生する可能性がある新しいビジネスチャンス
脱炭素化に伴い、ホテル事業の経営方針や戦略が大きく変化していくと考えられます。気候変動対策を行うためだけでなく、ホテル利用客の嗜好や価値観も変化するためです。このため、利用客の変化に沿ったビジネスを展開する必要があります。ここでは、ホテル業界で考えられる、脱炭素化に伴う新しいビジネスチャンスについて解説します。
ホテルの製品とサービス面
気候変動対策の浸透に伴い、人々の関心や行動パターンも変化していくことが考えられます。特に、環境に優しい製品やサービスを選ぶ傾向が強くなると考えられるため、この変化に即した製品やサービスを提供することが新たなビジネスチャンスとなると考えられます。
例えば、企業の従業員が出張する場合には、所属企業のScope 3カテゴリ6の出張による排出を削減するために、より低炭素となる宿泊プランを選択する可能性があります。このため、宿泊プランに一泊あたりのCO2排出量を明記することはGHG排出量削減を行う所属企業や出張者に向けたアピールポイントになると考えられます。
他にも、食料品やアメニティのロスを減らすことも経費削減に繋がると共に、製品生産・輸送や廃棄のGHG排出量を削減できます。
ホテルの経営面
近年では、建物の効率化が進んでいます。ホテルの建物をZEB化することで省エネ効果により経費削減と、CO2排出削減が同時に行えます。また、SBT認定を取得するなど、国際イニシアチブを上手く活用することでESGやグリーン投資を受けやすくなるため、資金面に余裕が出る可能性が高まります。
まとめ
ホテル業界は電力消費や購入した製品・サービス、さらにはフランチャイズ加盟のホテルチェーンからのGHG排出が全体の約80%を占めていることが分かりました。繰り返しになりますが、GHG排出削減方針はこれら3つのカテゴリからのGHG排出を減らすことが主な方針になるでしょう。また、世界的な気候変動対策の実施に伴い、様々なリスクやビジネス機会が顕在化することが予測されます。常に気候関連のリスクとビジネス機会をアップデートし、事業戦略と統合することで、脱炭素社会における新しい事業成長機会とリスクマネジメントを実現することができます。