カーボンニュートラルを目指す上で欠かせないLCAと今後起こりうる変化
ここ数年、気候変動問題や脱炭素の流れが加速する中で「カーボンニュートラル」という言葉を耳にする機会が増えているのではないでしょうか?
今回はこのカーボンニュートラルを目指す上で、知っておく必要のあるLCA(ライフサイクルアセスメント)について、また今後カーボンニュートラルを目指す中で、グローバル社会はどのように変化するのかを紹介していきたいと思います。
カーボンニュートラルとは
カーボンニュートラルに関心が高まり、大きなターニングポイントとなったのは、2020年の10月の菅元総理の所信表明演説です。
「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラル、脱炭素社会を目指すことをここに宣言する」
この時菅元総理は「温室効果ガス」という言葉を使用しており、二酸化炭素はもちろん、メタンガスやフロンガスなどを含んだカーボンニュートラルを目指すと発表しています。
また、「温暖化への対応は経済成長の制約ではない」とも発言しています。これまで日本では、環境への取り組みは直接売上には関係ない社会貢献活動だと思われてきましたが、これからは違うのだと言い切っています。
これは環境や社会に対して配慮することで投資が受けやすくなるESG投資の増加や、企業による非財務情報の開示件数の増加などを見ると明らかです。
日本のカーボンニュートラルへの取り組み
2013年度の日本の温室効果ガス排出量は14億800万トン、2019年度は12億1200万トン、つまり6年でおよそ15%削減しています。
昨年2021年4月に行われた気候サミット(オンライン開催)にて、菅元総理は2050年カーボンニュートラル達成のため、2030年度の温室効果ガスを2013年度比で46%削減することを目指す、さらに50%の高みに向け挑戦を続けることを表明しました。
日本で最も排出している温室効果ガスは化石燃料の燃焼により排出される二酸化炭素であり、全体の9割を占めています。
政府はカーボンニュートラルを実現するために、まずはエネルギー政策及びエネルギー需給の絵姿(3E+S)を示すことが必要であるとしています。
3E+Sとは
1. 安全性(Safety)
- あらゆるエネルギー関連設備の安全性は、エネルギー政策の大前提。 特に、原子力については、不断の安全性向上に向けて、産業界全体で取り組む自主的な安全対策が重要。
2. エネルギーの安定供給(Energy Security)
- 不安定化する世界情勢を踏まえ、地政学的・地経学的リスクに対応するためエネルギー自給率の向上や資源の安定的かつ低廉な調達は不可欠。
- その上で、新型コロナウイルス感染症の教訓も踏まえ、資源・エネルギーの選択に当たっては、サプライチェーン構築・技術自給率も考慮することが必要。
- また、自然災害やサイバー攻撃への耐性を高めるとともに、ダメージからの早期復旧、ダメージを受けた供給設備を代替する設備の確保が可能となるエネルギー供給構造を構築することが必要。
3. 経済効率性の向上(Economic Efficiency)
- 徹底した省エネ等を進め、電気料金、燃料費などのエネルギーコストは可能な限り低減。再エネの最大限導入と国民負担抑制も引き続き重要。
- また、今後、安定供給の確保・脱炭素化を進める上で一定程度のコスト増は不可避。そのため、新たに導入される技術・システム(導入途上の蓄電池・水素、今後の拡大が期待されるCCUS / カーボンリサイクルなど)のコストを可能な限り抑制することが必要。
4. 環境への適合(Environment)
- パリ協定を踏まえ、脱炭素社会の実現に向け、温室効果ガスの削減は引き続き最大限努力。エネルギー需給両面から更なる対応も検討。
- また、エネルギー関連設備の導入・廃棄に際して、周辺環境への影響も可能な限り低減することが必要。
引用:2050年カーボンニュートラルを見据えた2030年に向けたエネルギー政策の在り方
LCAとは
LCA(ライフサイクルアセスメント)は、製品やサービスの原料調達から製造、流通、使用、さらに廃棄やリサイクルに至るまでの全ライフサイクルを通じて、温室効果ガスの排出量や環境への負荷を定量的に評価する手法です。この手法は、地球温暖化対策やカーボンニュートラルを目指す上で欠かせないものとなっています。
LCAの導入目的を明確に設定することが重要であり、これまで特に製造業において、環境に配慮した製品やサービスの開発に活用されてきました。また、LCAの手法はISO(国際標準化機構)によって国際規格(ISO 14040、ISO 14044など)として規定されており、環境マネジメントの一環として広く採用されています。
LCAが注目される理由とその背景
現在、世界中で気候変動が重大な課題となっており、温室効果ガスの削減が喫緊の対応が求められています。特に日本では、大型台風や豪雨などの異常気象による深刻な被害が増加しており、その原因は人間の生産活動に伴う温室効果ガスの増加であるとされています。このような背景の中で、日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すことを宣言しました。
カーボンニュートラルを達成するためには、どこでどれだけの温室効果ガスが排出されているかを詳細に把握する必要があります。ここで注目されるのがLCA(ライフサイクルアセスメント)です。LCAは、製品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでの全ライフサイクルを通じて、資源の使用量やエネルギー消費、そして環境への負荷を定量的に評価する手法です。この評価は、気候変動対策としての重要な指標となり、環境負荷の原因を明確にし、改善策を講じるための判断材料として多くの企業で導入が進んでいます。
また、日本では2001年に施行された「循環型社会形成基本法」により、生産者が製造段階だけでなく、使用後のリサイクルや廃棄に至るまでの環境負荷に対して一定の責任を負うことが定められています。その後、世界的な環境意識の高まりに伴い、LCAのような全体的な環境負荷を考慮した定量的な算出方法が求められるようになりました。
さらに、LCAは「サステナブルファイナンス」の広がりとも関連しています。企業がSDGsやESGへの取り組みを開示することが求められる中で、LCAは企業の環境貢献を正確に評価する手段として注目されています。これにより、企業が実際の取り組みを伴わずに環境に貢献しているように見せかける「グリーンウォッシュ」を防ぎ、投資家や消費者が正しい判断を行うための基準を提供する役割も果たしています。
企業がLCAに取り組む理由とその重要性
今後、企業がLCA(ライフサイクルアセスメント)を活用し、環境負荷の低減にどう取り組むかは、社会的な責任と経営戦略の両面で極めて重要なポイントです。ここでは、企業がLCAに取り組む意義とそのプロセスについて解説します。
自社の排出量の把握
まず、企業が取り組むべき第一歩は、自社の温室効果ガス排出量を正確に把握することです。これには、製品やサービスの原材料調達から製造、流通に至るライフサイクル全体の各段階で使用される資源やエネルギーのデータを収集し、それらを基にCO2やメタンといった温室効果ガスの排出量を明らかにする作業が含まれます。自社の排出量を知ることで、どのプロセスが環境負荷を最も引き起こしているかを特定でき、具体的な改善策を講じることが可能になります。
削減目標の設定と実行
次に、特定された環境負荷の高いプロセスに対して、削減目標を設定します。例えば、「次年度のCO2排出量を前年比3%削減する」といった具体的な数値目標を掲げることで、実際の行動につなげやすくなります。設定された目標に向け、企業はライフサイクルの各工程で具体的なCO2削減策を実施し、持続可能な運営を推進していきます。
ステークホルダーへの情報開示
環境への配慮にはコストや労力が伴いますが、これを社会的責任として遂行し、その取り組みをステークホルダーに開示することは、企業価値の向上にもつながります。近年、企業の財務状況に加え、非財務情報の透明性が求められるようになってきました。そのため、多くの企業がCSR報告書やTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みを通じて、環境への取り組みを公開し、国内外の投資家からの支持を得ることを目指しています。
カーボンニュートラル社会の実現
最終的に、世界全体でカーボンニュートラルを達成するためには、LCAを用いて温室効果ガスの排出量を正確に把握し、効果的な削減策を実行することが不可欠です。このプロセスを通じて、企業は持続可能な社会の実現に貢献することができ、地球規模での環境保護と経済成長を両立させる一助となります。
LCAとカーボンフットプリントの国内外の動向
国内外でLCA(ライフサイクルアセスメント)が注目されている背景には、製品やサービスの環境負荷を「見える化」するカーボンフットプリントの活用があります。政府は、企業が自社製品のカーボンフットプリントを算出し、公開することを推奨しており、化粧品業界やトイレタリー業界ではCO2排出量やプラスチック使用量の削減が進んでいます。欧州でも素材のバイオマス化やリサイクルの導入が進行中です。
また、温室効果ガス排出削減のために、イギリスではカーボンプライシングが導入され、エネルギー使用に対する課税が強化されています。日本でも2012年から「地球温暖化対策税」が導入され、今後、さらに炭素税の導入が検討されています。企業はこれを見越して、LCAの導入を積極的に検討する必要があります。
TOYOTAも実践するLCAをベースにしたカーボンニュートラル
世界に誇る日本の自動車メーカートヨタですが、その豊田社長は、カーボンニュートラルを実現するためにはLCA(ライフサイクルアセスメント)をベースに考える必要があると話しています。
トヨタを例にとると、車は部品を組み合わせて完成しますが、ライフサイクル全体で見ると、原材料の調達や車が消費者の元へ届いて消費され、廃棄されるまでの過程全てが含まれます。
そして、この全ての過程で発生する温室効果ガスを2050年までにゼロにすること、それがLCAをベースとしたカーボンニュートラルです。
しかし、どうしても排出をゼロにできない場合は、炭素除去や植林など生態系での吸収で差し引きゼロにするなどの方法があります。
今後起こりうる変化
これまでのモノづくりは、市場のあるより多く売れる場所、かつ人件費の安い国で作ろうと海外に進出し拠点を構えていました。
しかし、これから世界全体でカーボンニュートラルを目指していくと、従来の経済最適化の基準ではなく、再生可能エネルギーが普及している場所といった、グリーンエネルギー調達のし易さやグリーンエネルギーコスト競争力がある国へ産業がシフトする可能性があります。
最後に
いかがでしたでしょうか?
改めて、この脱炭素の流れは日本だけ例外ということはなく、国や政府、そして全ての企業が対象だと感じました。
参照
2050年カーボンニュートラルを見据えた2030年に向けたエネルギー政策の在り方 資源エネルギー庁
日本の排出削減目標|外務省
脱炭素ポータル|環境省
「カーボンニュートラル」って何ですか?(前編)~いつ、誰が実現するの?|スペシャルコンテンツ|資源エネルギー庁
2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略
ESG投資を巡る課題 根本直子 早稲田大学 経営管理研究科 教授
GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW 2020