畜産業・養殖業イニシアチブFAIRR|日本企業の情報開示不足に迫る
2015年に発足した機関投資家の畜産業・養殖業イニシアチブ「Farm Animal Investment Risk and Return(FAIRR)」が、日本の畜産・養殖企業はさらなる情報開示と改善が必要であると発表しました。
FAIRRの運用資産額は2019年12月には2197兆円(20兆ドル)、2021年6月時点で4227兆円(38兆ドル)と年々増加しており、投資家からも注目が集まっていることが分かります。
今回の記事では、FAIRRについて、そしてなぜ畜産・養殖業界が注目されているのかについてご紹介します。
FAIRRとは?
FAIRRとは、Farm Animal Investment Risk and Returnの頭文字をとったもので、畜産・養殖業界の抱えるリスクを啓発し、投資家に対して意思決定を行う際にこれらのリスクを組み込むように促しています。
例えば、畜産による主なリスクとしては、「鳥インフルエンザなどのバイオセキュリティーリスク」「畜産による気候変動リスク」「抗生物質の薬剤耐性菌のリスク」などがあり、情報発信を積極的に行なっています。
また、今後人口が増加するとタンパク質不足が起こると予想されており、投資家には代替タンパク質(植物性のもの)へ投資することの重要性を発信しています。
さらにFAIRRは、投資家に対し世界の畜産・養殖業に携わっている企業のリスク分析結果を公開しており、9つの指標をもとに評価しています。
- 地球温暖化ガス
- 森林破壊と生物多様性喪失
- 水不足と水資源利用
- 廃棄物と水質汚染
- 抗生物質
- 労働状況
- アニマルウェルフェア
- 食品安全
- 持続可能なタンパク質
FAIRRによるインパクトのある研究発信
FAIRRの活動の中心は、彼らの研究を効果的に発信することです。そのため、セクターごとの専門知識や、専門家や利害関係者との広範なネットワークを活用し、インタラクティブな研究ツールを提供しています。これらのツールは、単なるデータ提供にとどまらず、インサイトも含めることで、メンバーの投資判断をサポートしてきました。
多様なツールの提供と定期的な更新
FAIRRが提供するツールは、公的タンパク質生産者の市場ベンチマークや、気候リスクが財務に与える影響をシミュレーションするシナリオ分析モデルなど、幅広い範囲をカバーしていると言えるでしょう。これらのコンテンツは定期的に更新され、常に関連性があり、影響力のある情報を提供しています。
FAIRRツールの会員活用事例
FAIRRのツールは、以下の目的で会員企業に利用されています。
- 企業評価やESGデータ統合のためのプロセス支援
- セクター別やテーマ別の詳細分析
- 企業との直接的なエンゲージメントの参考資料として
- 業界全体のマクロトレンドの把握
- ポートフォリオ構築の指針として
FAIRRのエンゲージメント支援と投資家へのサポート
FAIRRは、投資家メンバーに代わりエンゲージメント活動を実施し、ポートフォリオ内の多数の企業に関与する時間やリソースが限られている投資家に対して、アウトソーシングされたスチュワードシップやエンゲージメントチームとして機能してきました。
FAIRRのチームが行うのは、エンゲージメントのプロセスを調整し、関連するすべての文書作成、調査、評価です。投資家同士、またはFAIRRの専門家から学びながら、エンゲージメントが進行していきます。
FAIRRの政策活動について
FAIRRは政策ワークストリームを通じて、政府や規制当局、業界団体、投資家と連携し、集約的な畜産におけるESGリスクの理解を促進し、持続可能な政策や実践に対する意識を高める取り組みを行っています。
また、必要に応じて、FAIRRは投資家メンバーの活動に関連する政策に関する相談にも対応し、支援を提供することを目指していると言えるでしょう。
FAIRRイニシアチブの提供リソースについて
FAIRRイニシアチブは、投資家の意思決定プロセスを支援するために、幅広いリソースと情報を提供してきました。これには、ツールやエンゲージメント、ポリシー関連の業務に加え、レポート、データセット、投資家向けのレター、会議メモなどのダウンロード可能な資料も含まれます。
FAIRRは、多様なESGテーマやプロジェクトに対応する幅広いリソースを作成していますが、投資家メンバーがこれらを簡単に一か所で見つけられるように整備しています。FAIRRのリソースライブラリは、投資家にとって便利なワンストップショップであり、公開資産にアクセスできるプラットフォームとなっていると言えるでしょう。
2022年版「Coller FAIRR Protein Producer Index」の結果公表
2022年12月6日、Farm Animal Investment Risk and Return(FAIRR)は、食品大手60社を対象とした「Coller FAIRR Protein Producer Index」の結果を発表しました。
この指数は、世界の主要な食肉、乳製品、養殖魚の生産者を、温室効果ガス排出や森林破壊、食品の安全性など、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関連する基準に基づいて評価し、ランキング付けするものです。
Mowiは4年連続で最も持続可能なタンパク質生産者と評価され、責任ある調達や動物福祉、環境保護の分野で優れた方針を掲げ続けています。
2022年の報告では、陸上の畜産企業よりも養殖企業が好成績を収めていることが示され、Mowiと同じく養殖業を手掛けるGrieg Seafood ASAとLerøy Seafood Group ASAもそれぞれ2位と4位にランクインしました。この指標は、投資家が企業の方針や情報開示の遅れに関する問題点を明らかにし、持続可能性や社会的責任に対する取り組みの進捗を評価するためのツールとして活用されています。
また、これにより投資家は、タンパク質市場におけるリスクや機会をより正確に把握し、環境・社会・ガバナンス(ESG)の観点から企業を比較・分析するための有益な情報を得られると言えるでしょう。
畜産業界と気候変動
現在、私たち人間の活動によって起こっている気候変動問題が注目されており、多くの国や企業が対策に乗り出しています。
畜産業は、全世界の温室効果ガスのうち14.5%を排出しており、また森林破壊や生物多様性の喪失の最大の原因にもなっています。
また、家畜を育てる過程で多くの水を使用しますが、貴重な淡水を使用するだけでなく、家畜に使用する抗生物質が糞尿から流出し、水質汚染を引き起こしており問題となっています。
日本の畜産・養殖業界のランキング
FAIRRが世界の畜産・養殖業の約20%を占める大手畜産・養殖企業60社を評価し、投資家に向けて公開している企業ランキングによると、ほとんどの企業が「高リスク」と評価されました。
その主な原因はESGに関する情報開示や管理が不十分であることを示しています。
多くの温室効果ガスを排出しているにも関わらず、scop3の排出目標を定めている企業はわずか18%、scope1,2の目標も定めていない企業が過半数以上の60%を占めています。
日本の企業で対象となったのは、日本ハム株式会社、日本水産株式会社、マルハニチロ株式会社の3社でした。
日本ハム株式会社は、植物性タンパク質の生産及び培養肉の生産技術に投資したことで中リスクとして評価されましたが、残りの2社は高リスク企業であると評価されています。
ブルームバーグによると、植物性の代替タンパク質の市場規模は2020年の294億ドルから2030年には1620億ドルまで成長を見込めると予測しており、日本企業にとって植物性タンパク質へ力を入れることでリスクを低減する良い機会になるのではないでしょうか。
日本の畜産・養殖業界で起こっている問題
2021年は、年初にアフリカ豚熱が2回発生し、11月には3回目となる鳥インフルエンザ(H5N8)が発生しました。鶏肉と鶏卵の輸出が一時停止され、143,000羽が殺処分されています。
また、日本の家畜の多くは病気や細菌が繁殖しないよう抗生物質が使用されていますが、それらが私たちの健康を脅かすという研究結果が多く発表されています。
一方の養殖業に関しては、餌に使用している魚粉や魚油、大豆がリスクであると報告されています。養殖している魚の種類にもよりますが、魚粉も魚油の価格も今後は値上がりすることが予想されており、また大豆も生産する過程で森林伐採が行われ、その結果温暖化を助長してしまう場合があり、生産プロセスのリスクが高いと評価されています。
開示情報の少なさはリスクである
これらの情報開示不足は畜産・養殖を行なっている企業だけでなく、サプライチェーンでつながっている全ての企業のリスクになります。
日本の企業は投資家から投資を受けるためにも、情報開示を積極的に行い、持続可能なビジネスモデルへ転換していく必要があるでしょう。
参照:
Plant-based Foods Market to Hit $162 Billion in Next Decade, Projects Bloomberg Intelligence | Press | Bloomberg LP
Coller FAIRR Protein Producer Index | FAIRR
The Threat of AMR to Japan’ Super-Aging Society:Implications on Health Care, Public Policy, and Economic Well-Being
FAIRR イニシアチブ | タンパク質サプライチェーンの ESG 問題に取り組む投資家のグローバル ネットワーク