野生動物のペット化を見直し|日本の動物福祉は遅れている?
テレビ番組やSNSの普及により、カワウソやフクロウなど、これまではマニアな人たちの間でしか飼育されていなかった野生動物が、一般消費者の間でも浸透し始めています。みなさんもYouTubeやinstagramなどのSNSで、犬や猫以外のペットを目にする機会も増えたのではないでしょうか?実際に、ペット利用される野生動物の輸入頭数や、営業所数は増加しています。
これらの野生動物を飼うにはさまざまなリスクがありますが、あまり知られていません。今回は、WWFジャパンが取り組んでいる野生動物の“ペット化”の見直しを訴えるキャンペーンについて取材をさせて頂きました。
まずは、カワウソを飼うとはどういうことなのかということから理解したいと思います。こちらのYouTubeをご覧ください。
野生動物のペット化について
SNSや動物のテレビ番組などで、カワウソやスナネコが飼われている映像をみると、自分も飼えるのではないかと思ってしまいませんか?
日本は、世界有数の野生動物ペット市場を保有しています。2021年のペット利用される野生動物の輸入頭数は推定40万頭を上回り、近年増加傾向にあります。しかし、このような野生動物を飼うのには、絶滅や感染症などさまざまなリスクがあります。例えば、
- 絶滅に追い込むリスク
- 密猟・密輸を増加させるリスク
- 動物由来感染症に感染するリスク
- 動物福祉(アニマルウェルフェア)を確保できないリスク
- 外来生物を発生・拡散させてしまうリスク
これらの5つのリスクが指摘されています。それぞれ見ていきます。
絶滅に追い込むリスク
2022年6月時点で、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストに記載されている生物(約85,000種)の20%が絶滅危惧種として指定されています。そのうち、11%がペットや展示利用としての影響を受けています。ペットとして人気のある爬虫類は、現在世界で知られている種の35%以上がペット取引の対象となっているほか、その対象種の90 %で野生由来の個体が流通していることが分かっています。
密猟・密輸を増加させるリスク
国際法や日本の法律で守られている生物は、入手困難なことから高値で取引されやすく、またペットや展示利用として需要が高まることで密猟や密輸が増加してしまうケースもあります。2007〜2018年の間には、合計78件、1,161匹の生き物が、日本向けの密輸として税関で発見されました。
もともと気候変動や環境の変化によって個体数が減少していたところに密猟や密輸が起こると、さらに絶滅の危機に晒してしまう恐れがあります。
動物由来感染症に感染するリスク
動物由来感染症は、世界保健機関(WHO)で把握されているだけでも200種類以上あります。その原因の一つが、気候変動や人間による環境破壊です。そこに生息していた生物が、住処を追われることで人間と接触する機会が増えます。人間と野生生物の境界線が曖昧になってしまうことで、新たなウイルスが発生していると言われており、新型コロナウイルスも、野生のコウモリが本来持っている病原体が人に伝播したものだと考えられています。
野生生物は、私たち人間と一緒に長く暮らしてきた家畜や犬・猫とは異なります。よって、未知の病原体を持っている可能性があり、哺乳類と鳥類が保有する未知のウイルスのうち、人間に感染する可能性が高いウイルスは80万種以上あるとの報告もあります。
動物福祉(アニマルウェルフェア)を確保できないリスク
SNSなどのメディアでは視聴者の観たいもの、また「かわいい」という点に焦点を当てているため、なかなかその動物が野生で暮らしている姿を目にする機会がありません。よって彼らの生態について理解することなく、部屋で飼育できる動物だと思ってしまいます。
しかし、野生動物の生態や習性に合わせた飼育環境を一般家庭で実現するのは難しいです。ケージに入れておけば良い、といった不適切な環境での飼育やふれあいは動物に大きな負担をかけている可能性があります。
動物福祉(アニマルウェルフェア)という言葉を聞いたことはありますか?
動物福祉の先駆けとなったイギリスの動物福祉法には「飢えと渇きからの自由」「不快からの自由」「痛み・傷害・病気からの自由」「恐怖や抑圧からの自由」「正常な行動を表現する自由」の5つの自由が掲げられています。
日本にも動物の飼養や管理に関する法律として「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)」があります。2012年に改正され、飼い主はその動物が命を終えるまで適切に飼い続ける必要があり「終生飼養」の責任があることが明記されています。
WWFジャパンが公開している動画をご覧いただくとわかりますが、種によって生態が異なります。それぞれの生態や習性に配慮した飼育環境を一般家庭で整えることは難しく「可愛がっている=必ずしも幸せ」ということではないということを知る必要があります。
外来生物を発生・拡散させてしまうリスク
ペットとして国内に持ち込まれる野生動物は、合法・違法に関わらず、本来その動物が生息する地域から人間によって持ち出されています。これらの動物が、意図せず脱走してしまったり、飼育できないという理由で野生に放たれてしまうことで「外来生物」になることがあります。これらの動物は、日本に本来いる生物を捕食したり、住処を奪ってしまうなどの問題を引き起こしています。
国内での事例をみていきます。例えばアライグマ。元々は北米原産の動物ですが、アニメの主人公がペットとして飼っていたことで人気を博し、多くが日本に輸入されました。幼少期のアライグマは可愛らしく、人に懐くこともあるそうですが、大人になると凶暴化します。初めはペットだったものが手に負えず、山に放たれて野生化したことで、農作物を食い荒らしたり、サンショウウオやニホンイシガメの捕食するなどの事例が報告されており、現在では特定外来生物に指定されています。
これらの問題を解決するために必要なこと
これらの問題を解決していくためには、私たち消費者が意識を変え、行動に移していく必要があります。野生動物を飼いたいという消費者がいる限り、これらの問題はなくなりません。まずは、私たち消費者がリスクを認知し、飼育を控える必要があります。
WWFジャパンでは、リスクがあることを伝えるだけではなく、「飼わない」という選択、行動につながるような行動変容を促す必要があるということでこのキャンペーンを行っています。
このキャンペーンでは、SBC(Social and Behavior Change)と呼ばれるフレームワークを使用しています。詳しくご紹介します。
SBCとは
SBCとは、Social and Behavior Changeの頭文字を取ったものです。日本語では、社会行動変容といいます。これは、消費者の心理に作用し、望ましい行動へ促していく科学的なアプローチのことを指します。ここ数年、東南アジアなどでは、象牙や虎を使用した需要削減に向けて活用されています。日本ではまだ活用された事例がなく、このアプローチを取り入れたキャンペーンはWWFジャパンとして今回が初めてだそうです。
SBCには、5つのプロセスがあります。1つ目が「状況把握」です。ターゲット層について分析し、理解を深めます。その上で、彼らにどのような行動をとってほしいのか、彼らに求める行動を選定します。次に「デザイン」です。どうすれば行動につながるのか、アクティビティの戦略を策定します。3つ目は、ターゲット層に効果的に作用するメッセージやマテリアル、コミュニケーション計画をつくる、という「制作」の段階です。次の「実施とモニタリング」というプロセスでは、実際にアクティビティを実施し、期待した通りの結果を得られているのかモニタリングを行います。そして最後は「評価とリデザイン」というプロセスを通じて、アクティビティが行動変容に繋がったかどうかを検証し、さらに改善するための再検討を行います。
ペット、というセンシティブな内容ですが、とても好反応な結果を得られているそうです。
消費者の意識だけでなく業界全体で
どの社会問題についても言えることですが、消費者だけでなく社会全体で問題の認識を持って変わっていく必要があります。
例えば、日本の法律では、ペットショップやアニマルカフェに対し、その動物がどこから入手されたのか、といった合法性の証明を求めていません。つまり、私たち消費者は、密輸された動物が紛れ込んでいても見分ける方法がありません。よって意図しない形で、密猟や密輸を助長させてしまっている可能性があります。
一方、欧州の一部の国では、ペットとして飼える動物(特に哺乳類)が限られています。それらの国と比較すると、動物福祉に限らず、日本の動物に関する法整備はまだまだ遅れており対応範囲も狭いと言われています。
遅れている日本の動物福祉(アニマルウェルフェア)
欧州と比較すると、日本では動物福祉(アニマルウェルフェア)の観点が欠如していると言われています。だからこそ、野生動物と触れ合えるカフェなどが多く存在しているということも起こっています。これは海外の方から、とてもユニークな日本独自の文化であると言われるそうです。
今回のキャンペーンの動画で紹介されているカワウソですが、彼らは元々水辺に暮らす生物です。彼らがストレスなく生活するためには12㎡の広さ(8畳くらい)の水場が必要だそうです。これを一般家庭で実現するのは難しいと想像できるのではないでしょうか。しかし、お風呂で泳がせてあげれば大丈夫だと考える方もいます。
私たちは彼らをゲージに入れ、餌をやることで「飼う」ことはできるかもしれません。しかし、彼ら自身が本当に幸せで健康か?という視点が欠けています。これはカワウソに限らず、家畜やウールを提供してくれている羊など、多くの動物に対して考えるべき視点で、欧州ではどの分野でも当たり前の考え方になりつつあります。
フランスでは、捨てられてしまうペットが多いことから、2024年からペットショップでの犬や猫の販売を禁止する法案が可決されました。保護団体や個人からの譲渡、ブリーダーからの直接購入のみ可能になるそうです。さらに、2026年にはイルカやシャチのショーを禁止、2028年には巡回式のサーカスにおける野生動物の利用も禁止されることになっており、動物をめぐる規制はさらに強化されていく予定です。
このような動物に対する動きは、ファッション業界や自動車業界でも広がりを見せています。例えば、高級ブランドのグッチは、2017年から動物の毛皮を利用しないと宣言しています。また、自動車メーカーのボルボもレザーフリーの内装デザインを採用しており、2030年にはアニマルフリー100%を目指しています。
野生動物のウラの顔について知ろう
ペットとして人気のカワウソやフェネック、ショウガラゴといった野生動物の裏の顔について、WWFジャパンでは動物園とコラボしてYouTubeで動画を公開しています。
フェネック▼
ショウガラゴ▼
スローロリス▼
マーモセット▼
スナネコ▼
動物の本来の生態を知ることができる内容になっており、この問題について知らない方はもちろん、知っている方にとっても新しい発見があるかもしれません。ご覧になったら、ぜひ周りの人にもシェアしてみてください。この問題について多くの人に知っていただきたいです。
最後に
これらの問題を解決していくためには、私たち消費者の意識が変わること、そして社会全体で問題意識を持って行動を変えていくことが求められています。
日本は、法律にとても従順な国民性です。よって、動物愛護法などをきちんと守っていることを主張する業者は多いです。しかし、国際的な社会規範に対してどれほどの注意を払えているでしょうか。海外では、法的拘束力がない社会的規範や価値観に対しても、企業や消費者に対して理解を促し、地球環境や社会全体のウェルビーイングの最大化の取り組みが見られます。日本のペットショップや業者の方々の意識はどうでしょうか。環境や社会的な負荷を考慮せず、経済的な価値だけでビジネスをやる時代は、デジタル化の浸透により情報の透明性が増し困難になりつつあります。
また、消費者に対しては、もっとその動物に対して想いを馳せることが求められているように感じました。
今回取材に応じてくださったWWFジャパン担当者の浅川さんは、「ペットで利用されている動物をみた際に、野生の仲間のことまで考えてほしい。その動物がどこからやってきたのか。そもそもどこに生息しているのか。自分の手元に置いて可愛がることに対して疑問を持ってほしい」と話されていました。
身近にペットとして、野生動物を手に入れることができてしまう環境があるかもしれません。この状況が当たり前であり、私たちは違和感を感じなくなっています。しかし、野生動物だからこそ「野生」にいることに価値がある、ということに私たちは気が付く必要があるのかもしれません。