ハワイで広がる「リジェネラティブ・ツーリズム(再生型観光)」新しい旅のかたち
ハワイは、その美しい自然環境とユニークな文化で世界中の観光客を引きつける魅力的な観光地です。しかし、観光客の増加に伴う環境への影響も無視できません。
そこで注目されているのが「リジェネラティブ・ツーリズム(再生型観光)」です。この新しい観光スタイルは、環境保護と地域社会への貢献を重視し、観光客と地元の人々の双方に豊かな体験を提供し、持続可能な未来に向けた共生を促進します。
特にハワイでは、このリジェネラティブ・ツーリズムが急速に広がりを見せ、豊かな自然環境の保護や地元コミュニティの活性化に大きな役割を果たしており、地域の持続可能な発展に貢献しています。
今回は、ハワイで注目されている「リジェネラティブ・ツーリズム」について、その背景や取り組み内容などについて詳しく解説します。
ハワイで「リジェネラティブ・ツーリズム」が注目を集める理由
ハワイ州観光局は、2020年から2025年までの観光戦略として「自然保全」「文化継承」「コミュニティ・リレーション」「ブランドマーケティング」の4本柱を掲げ、リジェネラティブ・ツーリズム(再生型観光)の推進を目指しています。
この背景には、ハワイが長年にわたりオーバーツーリズムの課題に直面していたことがあります。COVID-19感染症によるパンデミックで観光客が激減し、観光のあり方についての議論が活発化したことで、「リジェネラティブ・ツーリズム」が注目され始めました。
ハワイのオーバーツーリズム問題
21世紀に入り、ハワイ観光はワイキキビーチやダイヤモンド・ヘッドなどの有名観光名所に加え、地元の人々が楽しむ場所や体験が注目されるようになりました。これにより、美しい自然景観やローカルな飲食店、サーフィンやハイキングなどのアクティビティが観光の中心となり、多くの人々がこれらを求めてハワイを訪れるようになったのです。
しかし、観光の急増には負の側面も存在します。オーバーツーリズムの問題が顕在化し、観光客の急増が地域社会にさまざまな悪影響を及ぼしています。観光地の混雑による自然環境への負荷、地域住民の生活の質の低下、そしてインフラへの過剰な負担などが問題となっています。
地域への影響と住民の不満
観光客が訪れる場所が広がるにつれて、地域社会への影響が深刻化しています。駐車場の混雑や騒音問題、さらには文化的に神聖な場所への無断侵入が増加し、地域住民の生活環境が悪化。
また、観光業はハワイの経済を支える重要な柱である一方で、労働者の賃金は低く、利益が公平に分配されていません。この経済的不均衡により、労働者の不満が高まり、ストライキが発生するなどの問題も発生しています。
リジェネラティブ・ツーリズムと「マラマハワイ」の導入
こうした背景から、ハワイ州観光局は「リジェネラティブ・ツーリズム」を新たに導入し、「マラマハワイ」という新しい観光コンセプトを打ち出しました。「マラマ」とは、「思いやりの心」を意味するハワイ語です。
このコンセプトは、「思いやりの心を持ってハワイを楽しもう」「ハワイの文化や自然の再生を共に進めよう」というメッセージを発信し、観光客に対して前向きで具体的な行動を促しています。具体的には、ビーチクリーンアップや植樹活動、フラダンスやウクレレレッスンなどの体験プログラムが提供され、観光客はこれらの活動を通じて地元コミュニティと積極的に関わることができます。
このアプローチにより、観光客は豊かな体験を得るとともに、ハワイの自然や文化の保護に貢献する機会を持てます。そして、観光客が地域の環境や文化に対する理解を深めることで、無駄な消費や過剰な利用を控え、持続可能な行動をとるようになるのです。これによって観光による影響を最小限に抑え、オーバーツーリズム問題の軽減に繋がります。
一方、地元の人々も観光から得られる直接的な恩恵を受け、地域社会の持続可能な発展に寄与することができます。「マラマハワイ」は、観光の質を向上させ、地域と観光客が共に豊かになる未来を築く一歩となります。
ハワイ州による観光管理の取り組み
ハワイ州観光局の「DMAP(デスティネーション・マネジメント・アクション・プラン)」により、各島で観光管理の新たな取り組みが進行中です。これらの施策は、観光客と地元住民、そして地域環境にポジティブな影響を与えています。
カウアイ島
カウアイ島では、以前から問題となっていた渋滞を緩和するために「ゲット・アラウンド・カウアイ」というプラットフォームを立ち上げました。このサイトは、シャトルバスやタクシー、シェアライドの情報に加え、バイクやオートバイのレンタル、ウォーキングツアーの提案も行い、レンタカーの利用を減らす活動をしています。サイトでは、渋滞情報やレンタカー利用の際の注意事項も確認することができます。
ラナイ島
ラナイ島では、「ラナイ・カルチュラル・ヘリテージ・センター」との協力で、観光客向けのアプリ*を開発。このアプリは島の文化や自然を紹介するだけでなく、観光客の立ち入りが問題になっている場所に近づくと、侵入しないように警告する機能が搭載されています。
※アプリはこちらからダウンロードできます。
オアフ島
オアフ島では、2022年4月にホノルル市のバケーション・レンタルに関する条例が改正されました。改正内容には、バケーション・レンタルの最低滞在日数*を90日以上に延長することや、営業許可の申請料および税金の引き上げ、違法営業の監視強化が含まれています。この措置は、不動産賃料の高騰を抑制することを目的としています。
※指定されたワイキキリゾートエリア外にあるコンドミニアムに1組が1回のレンタルで滞在する期間
人気観光スポットの入場制限
オアフ島にあるダイヤモンドヘッドやハナウマベイなどの人気観光スポットでは、事前予約システムの導入も進められています。
ダイヤモンドヘッド
壮大な景観とハイキングトレイルで有名なダイヤモンドヘッド。しかし、観光客の急増によって混雑が問題となっていました。事前予約システムを導入したことで、1日の入場者数を制限し、訪問者の流れを管理することが可能になりました。混雑が緩和されハイキングの安全性が向上。訪問者は、よりスムーズにトレイルを楽しむことができ、自然環境への負荷も軽減されています。
ハナウマベイ
ハナウマベイは、サンゴ礁と豊かな海洋生物が特徴のシュノーケリングスポットです。ここでも、事前予約システムを導入することで、入場者数を効果的に管理し、過剰な混雑を防いでいます。これにより、自然環境の保護が強化され、水質も改善。また、予約システムを通じ訪問者に対してエコガイドラインが提供され、サンゴ礁や海洋生物に対する理解が深まるとともに、環境保護への意識が高まっています。
さらに、このような人気観光スポットでは、地元住民が無料で利用できる一方で、観光客には入場料が設定されています。ちなみに、ホテルやレストラン、美術館などの施設においても、「カマアイナ」と言って地元住民の料金が低く設定されているのが一般的です。地元住民に対する優遇措置は、地域社会への支援と参加を促し、観光地の長期的な保護と発展のサポートに寄与します。
ハワイの団体・企業のリジェネラティブ・ツーリズム具体例
ハワイ州では、カウアイ島やラナイ島をはじめとする各島でリジェネラティブ・ツーリズムの取り組みが進んでいますが、ここでは世界中から多くの観光客が集まるオアフ島で実施されている具体的な取り組みをいくつかピックアップしてご紹介します。
ビーチクリーンアップ
サーフライダー財団(Surfrider Foundation)が主催するビーチクリーンアップ活動では、観光客と地元住民が協力してワイキキビーチやノースショアのビーチでゴミ拾いを行っています。この活動は毎月定期的に実施され、プラスチックごみやその他の廃棄物を取り除くことで、美しいビーチ環境の保全を目指しています。
サーフライダー財団からオーシャンフレンドリー・レストラン認証を受けたワイキキの人気レストラン「ドュークス・ワイキキ(Duke’s Waikiki)」でもビーチクリーンアップが開催され、イベント参加者には無料の朝食サービスなどの特典があります。
この他にもビーチクリーンアップイベントが多数開催されており、観光客も地元住民と一緒に気軽に参加することができます。地元の人々と交流しながら、美しいビーチ環境の保護に貢献することで、ハワイの自然環境への愛着と責任感が育まれるのです。
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植樹活動
非営利団体「ハワイアン・レガシー・リフォレステーション・イニシアティブ(Hawaiian Legacy Reforestation Initiative)」は、ハワイ本来の自然を取り戻すために、絶滅危惧種に指定されているコアの木やサンダルウッドなど、ハワイ固有の植物の植樹活動を実施。ハワイの固有種であふれる森づくりを目指しています。
そして、観光客もこの活動に参加できるように、オアフ島とハワイ島の2カ所で植樹ツアーを開催。オアフ島では、ノースショアにある牧場「ガンストック(Gunstock)」にて植樹ツアーが行われており、ここではポリネシアの神殿などで使われていた神聖な樹木「ミロの木」を植えることができます。さらに植樹した木の成長をWEBで見守ることもでき、遠く離れた場所からでも自分が植えた木が育っていく様子を確認することができます。植樹ツアーは地元の環境再生に直接貢献することができる活動として注目が高まっています。
マラマ体験ツアー
東京ドーム450個分の広さの私有自然保護区と牛の牧場、ジュラシックパークなど映画のロケ地で有名なクアロアランチ(Kualoa Ranch)では、持続可能性の重要性を学べる「マラマ体験ツアー」が開催されています。このツアーでは、カロ(タロイモ)の水田に水を供給する小川の役割や、その流れが環境に与える影響について詳しく学べます。また、カロがハワイの人々にとってどれほど重要な栄養源であるか、クアロアとの深い文化的なつながりについても知ることができます。
ツアーでは、ハワイの伝統的なハレ(草の小屋)の葺き替え作業、カロの植え付けや収穫、掃除の手伝い、さらにはラアウ・ラパアウ(薬草)の手入れなどの体験型アクティビティが用意されています。
カルチャーワークショップ
ワイキキの中心地に位置するロイヤルハワイアンセンター(Royal Hawaiian Center)では、観光客がハワイの伝統文化を体験できる様々なワークショップを無料で提供しています。中でも人気なのはフラダンスやウクレレのレッスン。地元の講師が指導し、参加者はハワイの歴史や文化的背景を学びながら、レッスンを楽しむことができます。
さらに、レイメイキング体験も行われています。このワークショップでは、参加者が美しいレイ(花の首飾り)を作成し、ハワイの伝統的な装飾技術を体験できます。レイメイキングを通じて、ハワイの自然やレイに込められた想いについて学ぶことで、地元文化への深い理解に繋がります。
ホテルが提供するアクティビティ
ワイキキ周辺の多くのホテルでは、観光客向けにレイメイキング体験などのカルチャーアクティビティを提供していますが、カハラホテル&リゾート(The Kahala Hotel & Resort)はそのユニークなプログラムで特に注目されています。同ホテルでは、ハワイ特有の海洋生物や地元のサンゴ礁保護活動に関する教育プログラムが用意されています。
さらに、毎週金曜日には「おばあちゃんのストーリーテリング」が開催され、地元のおばあちゃんたちがハワイの伝説や歴史的物語を語り聞かせます。ハワイの文化と歴史を深く感じる貴重な体験ができます。
リジェネラティブ・ツーリズムの展望
単なる観光地の保護を超え、観光客と地域社会が協力して環境や文化の再生を図ることを目指す新しい旅のかたち、リジェネラティブ・ツーリズム。ハワイで実施されている取り組みは、その成功事例として注目を集めています。
ハワイ州では今回紹介したような自然環境の保護や文化的な再生を目指したプロジェクトが進行中で、観光客と地元のコミュニティが一体となって地域の持続可能な発展に寄与しています。これらの取り組みは、観光の質を向上させるだけでなく、地域社会の生活の質も向上させる効果をもたらしています。地元の人々もこの新しい観光スタイルを歓迎し、観光客とともに地域の持続可能な未来を築くことを望んでいます。観光客が地域の自然や文化に積極的に関わることで、地域社会に対する理解と尊重が深まり、相互に恩恵を受ける関係が築かれるのです。
将来的には、このリジェネラティブ・ツーリズムが観光のスタンダードになると期待されています。持続可能な発展を実現するこの新しい旅のかたちは、グローバルな観光業界において重要な役割を果たすはずです。ハワイはこの動きを牽引する存在となるでしょう。
最後に
リジェネラティブ・ツーリズムは、観光が地域社会や環境に与える影響を改善し、持続可能な未来を築くための効果的なアプローチです。ハワイで見られる成功事例は、この新しい観光スタイルが、ただの消費ではなく、地域や環境を再生し、観光客と地元コミュニティ双方を豊かにする力を持っていることを示しています。
この新しい旅のかたちによって、観光地の環境保護や文化の再生が進むとともに、地域社会にも直接的な恩恵がもたらされます。
私たちが観光に対する意識を高め、地域と環境に配慮した行動を心がけることで、リジェネラティブ・ツーリズムの理念が広がり、持続可能な観光の未来を実現することに繋がるのではないでしょうか。次回の旅行の際には、ぜひ地域の文化や自然を尊重し、積極的に保護活動や文化体験に参加してみてください。
リジェネラティブ・ツーリズムを通じて、持続可能な未来を築くための一歩を踏み出しましょう。
参照:
Hawai‘i’s Regenerative Tourism Movement|HAWAI’I TOURISM AUTHORITY
Regenerative Tourism on Hawaiʻi Island|HI Now
Malama Hawaii【マラマハワイ】 ハワイ州レスポンシブルツーリズム情報サイト
ハワイで進む新たな観光のカタチ、「再生型観光」とは? 活動計画や住民の合意形成への考え方をキーパーソンに聞いてきた|トラベルボイス