国際基準GSTCとは?日本でも広がるサステナブルツーリズム
持続可能な社会の実現に向けて、多くの業界が取り組みを行っています。新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための行動制限が解除され、インバウンドツーリズム需要が戻りつつある観光業界も同様です。
世界では、サステナブルツーリズム(持続可能な観光)が大きな注目を集め、サステナブルツーリズムの国際基準「GSTC」が世界の多くの観光地で活用されています。
日本でも、観光庁が日本版のガイドラインを策定し、地域の観光産業に「サステナブルツーリズムの概念」を取り入れるための支援に積極的です。自治体は国際認証取得を目標に掲げるなど、国内でもサステナブルツーリズムに向けた動きが活発化しています。
本記事では、サステナブルツーリズムの国際基準であるGSTCについて解説します。
サステナブルツーリズムとは?
UNWTO(国連世界観光機関)は、サステナブルツーリズムを「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義しています。
つまり、観光を通じて地域経済を発展させ、地域社会や自然環境・文化を守る。そして、 現在から未来への中長期的な時間軸で考えるといった持続可能な観光のことです。
新型コロナウイルス感染拡大前は、国内外の人の行き来は非常に活発でした。観光による環境汚染や自然破壊といったマイナス面が表面化している現実もあります。京都に多くの観光客が押し寄せ、市民の移動手段の一つである市バスが混雑する様子を、見たことがある方も多いのではないでしょうか。これは「観光公害」や「オーバーツーリズム」とも呼ばれています。
これからの観光は、観光地の本来の姿を持続的に保つことが求められます。そして、観光客や地域住民、事業者など、すべてのステークホルダーが満足できる環境を整備し、ツーリズム産業を育てる必要があるとしてサステナブルツーリズムが注目されています。
2024年にBooking.comが実施した「サステナブル・トラベル」の調査で、75%の旅行者が「よりサステナブルな旅行をしたい」と回答したことが明らかになりました。旅行者のニーズとしても年々、サステナブルな旅行を求める動きがあります。
GSTCとは
サステナブルな観光をしたいと思っている旅行者にとって、旅行先や宿泊先選定の一つの基準が、認証ラベルの有無です。世界持続可能観光協議会(GSTC=Global Sustainable Tourism Council)が策定した国際基準(GSTC=Global Sustainable Tourism Criteria)は、観光業界がサステナブルツーリズムを実現する上で最低限達成すべき基準を設けています。
GSTCの基準は2種類あり、一つは公共政策の立案者や観光地のマネージャー向けの「地域向け基準」、もう一つはホテルやツアーオペレーターを対象とした「観光産業界向け基準」です。
GSTCクライテリアは、観光業における持続可能性に関する共通の言語を作るための世界的な取り組みとして誕生しました。この基準は、(A)持続可能な経営、(B)社会経済への影響、(C)文化への影響、(D)環境への影響の4つの柱で構成されています。観光地ごとに異なる文化や環境、法律に対応できるように、基準は柔軟に設計されており、特定の場所や活動に応じた追加基準で補完できるようになっています。
GSTC基準は、ホテルや宿泊施設、ツアーオペレーター、観光地が持続可能な方針や実践を備えていることを認証する機関の「認定」において基礎となるものです。なお、GSTC自体が製品やサービスを直接認証するのではなく、パートナーであるASI(Assurance Services International)を通じて、認証機関を「認定」するプログラムを提供しています。
GSTCは、米国で非営利団体(501(c)3)として法的に登録された独立した中立的な組織で、国や地方自治体、大手旅行会社、ホテル、ツアーオペレーター、NGO、個人、コミュニティなど、多様で国際的なメンバーの支援を受け、持続可能な観光のベストプラクティスを推進しています。GSTCは物理的な本部を持たないバーチャル組織で、全世界6つの大陸にスタッフやボランティアを配置しています。寄付やスポンサーシップ、会費などの財政的なサポートによって、低コストでサービスを提供し、GSTC基準の作成・改訂・公開が可能です。
追加基準には、宿泊施設やツアー会社向けのGSTC-I(GSTC Criteria for Tourism Industry)と、観光地を対象としたGSTC-D(GSTC Criteria for Destinations)の2種類があります。
GSTC-I(GSTC Criteria for Tourism Industry)
GSTC-I(観光産業向け基準)は、観光業における持続可能性の基準として、多様な場面で活用されます。企業規模を問わず、持続可能な観光プログラムを選択する際のガイドラインや、消費者が持続可能な事業を識別するための判断基準として役立ってきました。さらに、地域のメディアや教育機関が持続可能な観光の基準を設定するための出発点となり、行政やNGO、NPOなどもこの基準を参考に基準を設定することが期待されています。
具体的には、GSTC-Iは「何を行うべきか」を示すものであり、実際の運用には評価指標や教材、ツールなどの補足が不可欠です。ホテルやツアーオペレーターに向けたこの基準は、持続可能な観光業の実現に向け、効果的で持続可能な経営管理や法令順守、従業員や顧客の参画、地域社会への影響を最小限に抑えることを目指していると言えるでしょう。
セクションAでは、持続可能な経営管理、正確な広告、建築物やインフラ整備における持続可能性、地域住民や先住民の権利保護などが強調されています。セクションBでは、地域社会への支援、地域雇用の促進、地元のサプライヤーの優先利用、搾取やハラスメントの防止、機会均等の確保、ディーセント・ワークの実現などが含まれます。
セクションCでは、文化遺産の保護や地域文化の尊重、先住民コミュニティーとの協力が必要事項です。セクションDでは、エネルギーや水資源の効率的利用、廃棄物削減、汚染の最小化、生物多様性の保全が重視されており、観光事業が自然環境や地域社会に与える影響を最小限に抑えるための取り組みが求められています。
全体として、GSTC-Iは持続可能な観光業を推進するための基本的な枠組みを提供し、企業や地域社会が国際基準に沿った観光プログラムを構築するための道しるべと言えるでしょう。
GSTC-D(GSTC Criteria for Destinations)
GSTC-I(観光産業向け基準)は、持続可能な観光を推進するために、観光産業のさまざまな分野で活用されます。まず、持続可能な観光事業を目指す企業や地域にとって、国際基準を満たすためのガイドラインとして機能してきました。また、旅行者や旅行代理店が持続可能な観光プログラムを選択する際の指針としても利用されています。GSTC-Iは、企業規模に関わらず、持続可能な観光を目指すための基準を提供し、地域社会や環境への負荷を最小限に抑えつつ、持続可能性を高めるための道標と言えるでしょう。
この基準は、「何をすべきか」に焦点を当てており、その適用には評価指標や実施ツールが必要です。GSTC-Iは、持続可能な経営、法令遵守、従業員の参画、地域社会への貢献など、多岐にわたる基準を含んでおり、特に観光業界のホテルやツアーオペレーター向けに策定されています。
具体的には、持続可能な観光プログラムを設計・実行するために、地域コミュニティの社会的・経済的利益を最大化し、悪影響を最小限にすることが求められます。地域住民の雇用促進や地元事業者との連携、フェアトレード商品の優先使用など、地域経済の活性化も視野に入れています。
さらに、文化遺産の保護や地域文化の尊重も重要な要素です。観光事業者は、地域の歴史や文化的資源を保護し、観光客に対してその価値を正しく伝えることが求められます。
環境保護の観点では、エネルギーや水資源の節約、廃棄物の削減、生物多様性の保全に対する取り組みが推奨されています。特に、観光業による環境への負荷を減らし、自然環境の保護に努めることが必要です。
このように、GSTC-Iは観光業界全体で持続可能な発展を目指すための基礎となる基準を提供し、持続可能な観光事業の実現を支援していると言えるでしょう。
以上の2つはあくまで基準を設けているだけであり、実際の認証を行うのはGSTCが認めた第三者認証機関です。Green DestinationsやEarth Check、Travellifeなどが第三者機関として認定されており、これらの団体の認証を取得することで、国際基準・GSTC認証を得ることができます。
観光地を対象とする認証 “Green Destinations”
観光地を対象に、国際基準の認証を行っているGreen Destinationsは、世界的に高い評価を得ている制度です。Green Destinationsは、100項目の評価基準を設けています。全体のうちどの程度基準を満たしているかによってスコアが変わり、プラチナ・ゴールド・シルバー・ブロンズに格付けされます。また、認証取得までの過程も評価します。
日本版ガイドラインJSTS-D
日本の自治体、DMOや観光産業も、サステナブルツーリズムに対する関心が高くなっています。関心が高まるきっかけの一つが、2020年に観光庁より発表された日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D=Japan Sustainable Tourism Standard for Destinations)です。2021年には「GSTC承認基準」を満たしていると、GSTCより公認されました。
JSTS-Dは、3つの活用方法があります。
(1)自己分析ツール(観光政策の策定や観光計画の作成に役立つガイドラインとして利用)
持続可能な観光の推進を目指す多くの地域では、「何か行動を起こす必要がある」という意識はあっても、実際にどのように取り組むべきか、その具体的な手段やツールが分からないという課題が見受けられます。このような状況において、まず必要なのは、地域が現在どのような状況にあるのかを把握し、観光地としての強みや弱みを理解する「自己分析」です。日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)を使った自己診断を通じて、地域の得意分野や課題を客観的かつ定量的に把握することができ、今後の目指す姿や具体的な施策を明確にする助けとなります。さらに、このガイドラインは、課題を早期に察知して問題の深刻化を防ぐ「アーリーウォーニングシステム」としても機能することが期待されます。
(2)コミュニケーションツール(地域全体が一体となって持続可能な観光地域の形成を促進する契機に)
自己分析の結果を公開することで、地域の住民や事業者を含むステークホルダーと情報を共有でき、地域全体の持続可能な観光に対する理解を深めることができます。これにより、地域づくりや観光に関する意見交換や合意形成に向けた重要なコミュニケーションの場として機能が可能です。また、日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)に含まれる項目(A5)の一環として、GSTCのトレーニングプログラムを活用し、地域で持続可能な観光を推進する人材の育成も進められてきました。さらに、このガイドラインは「持続可能な開発目標(SDGs)」の全17目標に対応しており、その取り組みがSDGs達成にも貢献していると言えるでしょう。
(3)プロモーションツール(観光地としてのブランド力向上と国際競争力強化)
日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)は、国際基準であるGSTC-Dに基づいて開発されており、この国際基準に準じた持続可能な観光への取り組みは、地域の活動に信頼性と価値を与えてきました。このガイドラインに基づいて行われる取り組みを実施している地域は、認証されたロゴマークを使用することができ、対外的に持続可能な観光活動を行っていることをアピールできます。これにより、観光地としてのブランド力を高め、国際的な競争力の向上に寄与してきました。
最後に
認証を取得したからといって、多くの観光客が押し寄せるわけではありません。また、取得することが目的にならないよう、注意を払う必要があります。重要なことは、そこに住む住民がどのような観光地・地域づくりを行いたいのか、どうすれば観光によってローカル経済に好循環を生み出せるのかを考え、実現に向けて取り組むことです。