「グリーンなスキー場のためのハンドブック」公開に際して、制作背景をPOW JAPANにインタビュー
POW JAPAN(Protect Our Winters Japan、通称パウ)は、気候変動から冬を守ることを使命とする環境保護団体です。スキーヤー、スノーボーダーとともに、豊かな雪と山の自然を次世代へ継承する活動を展開しています。
今回、お話を伺った武井七海さんは大学院で農業経済を学び、気候シンクタンクでの勤務経験も持つPOW JAPANのメンバー。大学時代のスキー部での経験を活かし、「グリーンなスキー場のためのハンドブック」執筆に関わる等、スノーリゾートの環境対策に取り組まれています。
そんな武井さんに、ハンドブック公開に際して、作成に至った背景やスキー業界が抱える問題、これから取り組みたいことなど語っていただきました。
まずはPOWについて教えて下さい。どんな活動をしているのでしょうか?
豪雪地帯に雪が降らなくなったり、いつも行っていたスキー場が雪不足でオープンできなくなるなど、異変を肌で感じていたJeremy Jonesというプロスノーボーダーがいました。スノースポーツの文脈から気候変動問題に働きかけたいという想いで2007年にProtect Our Winters、通称POW(パウ)をアメリカで立ち上げたのがPOWの始まりです。その想いと危機感に共感した世界中のスキーヤー・スノーボーダー(滑り手)が、POWの活動に参加し、現在では15カ国に支部があります。POW JAPANは2019年にプロスノーボーダーの小松吾郎さんによって設立されました。
POW JAPANでは「行動する仲間たちを増やす」、「私達の遊び場“スノータウン”のサステナブル化を促す」、「 国の脱炭素化に向けて、市民の立場から変化を起こす」の3つの活動に注力しています。
東京会場には代表の小松から気候変動についてお話しし、アンバサダーでプロスキーヤーの小野塚彩那さん、清澤恵美子さんには「なぜこの問題に関心を持ち、どんなアクションを起こしているか」などをお話ししてもらいました。
1つ目の「行動する仲間たちを増やす」ために、Hot Planet Cool Athletesという環境教育プログラムを実施しています。23人のプロの滑り手がPOW JAPANのアンバサダーとして活動してくれていますが、アンバサダーが気候変動について感じていることや事実を自分の言葉で伝える活動です。
——— プロの方が話してくれるのですか!それは聞き入ってしまいますね。
そうなんですよ。子どもも大人も憧れの人、選手がする話は自然と真剣な目つきになり、話に聞き入ってしまうんですよ。
2つ目の軸が「私達の遊び場“スノータウン”のサステナブル化を促す」だと思いますが、これを掲げたのはなぜでしょうか?
スキー場は今、気候変動の影響をとても受けています。地球温暖化が進み、暖冬になり、雪が降らなくなると、スキー場の営業に支障をきたします。本来なら 11月末や12月にはオープンしているスキー場が、1月を迎えても雪の量が足りず、オープンできないことも。5月頃まで滑れるスキー場であっても、 3月にはクローズしてしまう場合も。スキー場全体を通して、営業期間がとても短くなっていますね。
スキー業界は気候変動によって、ビジネスに直接的な影響を受けている産業で、経営者の方も危機感を持っています。
一方で、スキー場も、気候変動の原因となる温室効果ガスを排出しています。気候変動を止めるために「まず、自分たちのネガティブな影響をゼロにする必要があるよね」と考えているスキー場経営者も多いです。
そこで、POW JAPANは2023年12月、スノーリゾートの脱炭素化を促進するプラットフォーム、サステナブル・リゾート・アライアンス(SRA)を立ち上げました。わずか1年で37のスキー場が参加し、関心の高さがうかがえます。
2023年12月にローンチしたサステナブル・リゾート・アライアンス。 2024年7月にはアライアンスを象徴するロゴをお披露目。雪を囲む「S」は頭文字を表つつ、雪を守る「手」も表しており、みんなで”グリーンなスキー場”の実現に向けてアクションするという象徴です。
SRAの取り組みの1つが「グリーンなスキー場のためのハンドブック」の作成だと思いますが、作成に至った具体的な理由や背景についてお聞きします。なぜ、今このハンドブックが必要だと考えたのですか?
気候変動について危機感を持ってる方は多いのですが 、その危機感を具体的な行動に移して、温室効果ガス排出量を抑えようと取り組んでいるスキー場は、まだまだ少数派です。その1つの要因は、世の中に出回っている温暖化対策についての情報は、一般消費者や製造業者に向けて書かれているものがほとんどで、スキー場目線で書かれたものがないことだと考えました。
スキー場が取り組むべき温暖化対策を、スキー場のことをわかっている人間が書く必要がある。私たちPOWが立ち上がらなければ、という思いでハンドブック作成に至りました。そのため、読み手となるスキー場のスタッフや経営者の目線に立った執筆を徹底しました。スキー業界に携わる人たちにとっても、わかりやすい言葉・事例を用いて執筆することを意識しています。
——— ハンドブック作成で直面した、大きな課題は何でしたか?
わかりやすい解説のためにも、多くの事例やエビデンスを使いたいと思っていましたが、国内の事例が少なかった点が難しいポイントでした。
海外の資料には、「雪の影響によって、経済的な影響がこれくらい出ています」といった、具体的な数字の出ている研究結果や、多様なスキー場の取り組みが紹介されていました。
しかし、日本国内の文献では、具体的な数字のエビデンスがなかったり、古かったり。また、サステナブルな取り組みの事例も少なく、海外との差を大きく感じましたね。もちろん、海外の事例を紹介する意味はあると思います。ですが、国内の事例を紹介して「日本でも温暖化対策はできますよ」ということを伝えたかったため、日本での事例集めは丁寧に行いました。
ハンドブックにはスキー場が実際に取り組めるアクションが書かれていますが、どのアクションから取り組むのが良いでしょうか?
まず、個々のスキー場が具体的なアクションを始める前に、「取り組み体制の確立」が重要だと思います。 社長さんや経営者の方がやるぞ!って積極的になっても、そもそも担当する部署がないことも。 誰も担当する人がいないと、なかなかプロジェクトが進みません。
すでにサステナブルな事業に取り組まれている事業者さんの中には、担当部署が新設されたり、営業など他の部署の方が兼任されているケースもあります。担当者の方々が「脱炭素が企業にとっても重要な取り組み」という 意識をもつことが重要だと思います。
——— ハンドブックの中にある「実際にやってみよう」のページで、まず最初に「仲間をつくる」と書かれていたことが印象的でした。
「スキー場目線で書こう!」って決めて、まずは現状を把握するところから始めました。現場を見て気付いたのですが、目の前の仕事でいっぱいになっているスキー場が多く…。サステナブルな事業を考えていても、専門の部署を構えている企業は少なかったです。
そういった現状で、最初から脱炭素へ向けた施策だけのハンドブックを出しても、意味がないかもしれない。そこで「どうやってやるか?」と「何から始めるか?」を分けて考えました。
どうやってやるか?を具体的に考えていると「仲間って大事だよね」という答えが見えてきたんです。まず最初に部署をつくって、部署の体制を整える。それから行動していく。POWのみんなで話し合った結果、まずは「仲間をつくることから提案しよう」といった流れになりました。
仲間作りや実施体制が整ったとして、話を進めましょう。「グリーンなスキー場のためのハンドブック」には12の具体的なアクションが示されていますが、とくに実現可能性が高く、すぐに効果を実感できる取り組みはどれですか?
再生可能エネルギーへの切り替えや省エネ化が、すぐに効果を実感できるものだと思います。再エネへの切り替えは温室効果ガスの削減効果が大きいです。しかも、もとの電力契約によっては、コストがあまり変わらなかったり、下がったりした事例もあります。省エネは、初期費用はかかるものの、後から回収できる見込みがあります。照明をまだLEDに変えていないスキー場さんも多いです。
提言書の提出やメディアイベントを通して気づいたことが、意外と多くのスキー場さんが政策への働きかけにも積極的なことです。メディアイベントへのご登壇だけでなく、国会議員さんへの提言にもご同席いただきました。気候変動の影響を受ける産業から声を上げるからこそ、非常に大きなインパクトに繋がると思っています。
政策への働きかけは確かにすぐに効果を実感するのは難しいです。しかし、政策に対して働きかけて、実際に社会の仕組みが変わることで、スキー場がより脱炭素の取り組みをしやすくなることにも繋がります。
仕組みを変えるという視点で考えると、滑り手の考え方や消費行動の変容を促すのも重要なのでしょうか。
POWはスキー場だけでなく、滑り手を巻き込んで一緒にグリーンなスキー場を実現していくことを大事にしています。スキー場が脱炭素の取り組みを頑張る、それを滑り手が応援する、さらにスキー場が脱炭素の取り組みを加速させるという好循環が生まれると良いなと思っています。
——— 声を届けやすい形として、通常のリフト券にドネーションがプラスされた「POWチケット」の運用もスタートされましたよね。
白馬八方尾根スキー場で導入されたPOWチケット版シーズン券は特別なデザイン。
そうですね。POWチケットは通常のリフト券の販売価格に、各スキー場が行う「ゼロカーボンやサステナブルな取り組み」への支援につながるドネーションを上乗せしたものです。具体的にどのような「ゼロカーボンやサステナブルな取り組み」を行うのかはスキー場ごとに公表しています。
POWチケットを購入することで、スキーヤー、スノーボーダーがスキー場の取り組みを知り、さらにはその背景にある気候危機の現状と気候変動対策の必要性を理解し、「自分ごと」としてスキー場の取り組みを応援することができる仕組みに、そして滑り手もスキー場のサステナブル化を応援することがカッコイイよねという新たなカルチャーの創造になれば良いなと考えています。
日本人にとってドネーション(寄付)って、すこし抵抗あるかなと思います…。ですが、チケット料金にちょっと上乗せされてる場合だと、抵抗なく寄付しやすいかもしれないと考え、POWチケットとして始めてみました。
ここまでありがとうございました。スキー場もゲストも巻き込んでサステナブルな取り組みを進めていることがわかりました。最後に、スキー場やゲストに、特に伝えたいメッセージやアドバイスがあれば教えてください。
まず、ゲストに向けて伝えたいことは「一歩踏み出してる企業を応援してほしい」ということです。SRAに加盟しているスキー場に滑りに行ったり、POWチケットを買ったりするだけでなく、「もっとこうしてほしい」という意見をスキー場に伝えることもスキー場の応援に繋がると思います。
スキー場や宿泊業者の方に向けては「完璧じゃなくても、まずできるところから始めてほしい」と伝えたいです。日本人の特徴として「完璧じゃないとできない!」って思っちゃう人が多いと思っていて……。私もその気持ちがよくわかるんです。ですが、完璧じゃなくていいのでまずはやってみる。そして始めたことを、発信してみることがとても重要だと思います。
「うちのスキー場も何かやりたい!」と前向きになられたら、ぜひ私たちPOWにご相談ください。もちろん、この「グリーンなスキー場のためのハンドブック」だけでも、様々な取り組みを知っていただけます。ですが、SRAに加盟していただくと、すでに先進的な取り組みを始めているスキー場の経営者さんと、直接的に情報交換ができます。私たちPOWも相談に乗らせていただきます。ぜひ活用して、 仲間をつくってもらいたいです。
最後に
2024年11月現在、SRAに加盟してるスキー場の数は37になりました。
全国にある稼働予定のスキー場数が485箇所と、全体のおよそ7.5%にも及ぶスキー場が、すでにSRAに加盟していて好調です。
日本全国にあるスキー場の約30%は北海道、次いで長野が約10%。北海道と長野がおよそ半数を占めている一方で、SRAに加盟している北海道エリアのスキー場は、まだ多くありません。長野と北海道では文化やスキー場の規模だけでなく、雪が減っている影響に対する危機感など、多くの違いがみられます。
「グリーンなスキー場」を全国に浸透させるまでに、乗り越えるべき課題はたくさんあります。まずは私たちが「声を上げる」ことから始め、脱炭素化へ向けたPOW JAPANの意欲的な活動を応援していきましょう。