【COP29現地レポート】炎の番人の国・アゼルバイジャン、バクーと周辺でエネルギーを考える
COP29が開催されたアゼルバイジャンの首都バクーは、古くからシルクロードの交易拠点として栄えてきました。
旧市街には、12世紀に築かれた城壁をはじめ、シルヴァン・シャー宮殿や乙女の塔などの歴史的建造物が今も残り、当時の栄華を伝えています。これら一連の建造物群がユネスコの世界遺産に2000年に登録されました。
バクーに大きな転機が訪れたのは19世紀半ば、帝政ロシアの統治下で近代的な石油採掘が始まった時期です。石油の採掘と精製は一大成長産業となり、街の発展を大いに促しました。一時期、世界の原油生産量の半分がバクーで産出されていたこともありました。
大都市バクーの発展
1991年のソ連崩壊に伴い独立を果たしたアゼルバイジャンは、さらなる発展を遂げていきます。陸上のバクー油田が枯渇し始めていたため、エネルギー開発の舞台をカスピ海沖合へ拡大しました。
ソ連時代には技術的に困難だったオフショア油田の開発に外資を導入し、これを成功させます。そして、2006年には生産した石油をバクー〜トビリシ〜ジェイハン(BTC)パイプラインを通じてトルコ経由で地中海方面に輸送し、ロシア領を通らずに欧州市場への石油供給を担うようになります。
これにより、アゼルバイジャンの国内総生産(GDP)は2006年に34.5%増加し、高い経済成長を維持する基盤を築きました。アゼルバイジャン政府は、石油で得た収益をインフラ整備や都市開発などに投資。その結果、首都バクーは大きな発展を遂げ、「第二のドバイ」とも称されるようになりました。
COP29でのアゼルバイジャン大統領の振る舞いに批判が集まる
COP29では、議長国アゼルバイジャンに対して批判が起こりました。その原因は、アゼルバイジャン大統領自らが化石燃料を「神の恵み」と擁護する発言を行い、さらに欧米批判を展開したためです。
化石燃料の主要生産国でありながら、気候変動対策について交渉する難しさが浮き彫りとなっています。COP議長国は会議の進行や合意形成において大きな裁量を持つため、その役割の重要性が指摘されています。
化石燃料からの脱却を加速させる交渉が必要だという声もありましたが、COP29では目立った成果を挙げることができませんでした。
アゼルバイジャンが化石燃料を擁護する背景は、バクーを訪れるとよく分かります。市内では、少量ながら稼働を続けるバクー油田の採掘リグがいくつも見られ、化石燃料の生産が市民にとって日常の風景となっています。
化石燃料が生み出す収益は、アゼルバイジャン経済の生命線であり、バクーのような大都市の経済基盤を支えています。そのため、化石燃料が座礁資産となることは、アゼルバイジャンにとって経済的な壊滅を意味すると言えるでしょう。
アゼルバイジャンにとって神聖な「炎」
人類とエネルギーの歴史を理解する上で、アゼルバイジャンには注目すべき場所があります。それが、炎を崇拝する宗教であるヒンドゥー教やゾロアスター教によって支えられた「炎の寺院」と「燃える山」を意味するヤナル・ダグです。
この国の名前である「アゼルバイジャン」は、中期ペルシア語で火や炎を意味する「アゼル」と、保護者を意味する「バイジャン」から成り立っているともいわれています。
「炎の番人」とも呼ばれるこの国で、古くから火が身近な存在であったことを象徴する2つの場所を訪れることで、アゼルバイジャン大統領が化石燃料を「神の恵み」と発言した背景が理解できるでしょう。
炎の寺院
天然ガスの自然発火による「永遠の炎」を囲んで寺院は発展しました。この場所は、火を崇拝するヒンドゥー教やゾロアスター教にとって重要な聖地とされています。
消えることのない炎の存在は信仰の対象となり、多くの人々を引き寄せました。また、シルクロードの交易拠点であったバクーを訪れた商人たちの寄付により、寺院や宿坊が次々と建てられました。
ヤナル・ダグ
バクー市街から車で40分ほどの場所に、ヤナル・ダグがあります。現地語で「燃える山」を意味しますが、実際には山というより緩やかな丘のような地形です。この丘の斜面からは天然ガスが噴き出しており、自然発火による炎が絶え間なく燃え続けています。
近年、石油開発の進行や地震による地下構造の変化により、自然発火で燃えている場所はヤナル・ダグだけになってしまいました。しかし、かつてはバクー近郊に、同様の自然発火による炎が見られる場所がいくつも存在していたようです。
第二のドバイを目指すアゼルバイジャン
COP開催国アゼルバイジャンは、国際会議であるCOPを円滑に運営するために多くの努力を重ねました。バクー市街の課題の一つは渋滞です。特に通勤・通学や帰宅時間帯には大きな渋滞が発生します。そのため、COP期間中、バクー市内の小中高校では授業を休止し、一部の公的施設も休館とすることで渋滞緩和を図りました。また、市内には多くの警察官が配置され、犯罪防止対策が徹底されました。
その結果、アゼルバイジャンのビザ発行手続き、COP29会場へのアクセス、バクー市街の治安は高く評価されました。
今後、アゼルバイジャンはエネルギー産業以外の分野も成長させるため、大型国際会議の誘致や観光産業の育成に積極的に取り組んでいます。COPの円滑な運営を通じて、アゼルバイジャンは国際会議の開催・運営能力に関する評判(レピュテーション)を向上させたいという意図があったと考えられます。
最後に、バクー市街および郊外の観光スポットやカフェ文化、料理を紹介します。バクー郊外の観光スポットを訪れる際は、ツアーに参加すると便利です。
バクー市街の観光地
シルクロードの中継地として隊商たちが行き交った町・バクーの旧市街は、おしゃれなカフェやレストランなども多く、散策が楽しいエリアです。
旧市街には、天文台やゾロアスター教の祭壇だったなど諸説ある「乙女の望楼」や15世紀に建造された「シルヴァンシャフ宮殿」があります。
「乙女の望楼」はは、その屋上まで登ることができます。この塔は12世紀に建設され、高さ31メートルを誇り、当時は最も高い建物でした。屋上からは、バクー全体を一望することができます。
一方、「シルヴァンシャフ宮殿」は、迷路のように入り組んだ通路が特徴的です。宮殿の敷地内には、モスクや浴場跡、霊廟があり、歴史的な雰囲気を堪能できます。
また、石造りの建物に刻まれた文字やデザインは非常に美しく、細部にまで見どころが詰まっています。
これらの施設はどちらもユネスコの世界遺産に登録されており、その歴史的価値と美しさを今に伝えています。
ゴブスタン国立公園と泥火山
バクー市街から車で40分ほどにある、石器時代からの遺跡群です。古代の人々が描いた岩画が6000点ほど発見されている場所です。
岩画は動物や狩猟の場面、儀式の様子など様々。近くには泥が天然ガスとともに噴き出す泥火山もあります。
カフェ文化が発達
アゼルバイジャンのカフェ文化は、同国の歴史、地理、伝統が融合した独特のスタイルを持っています。古くから茶文化が中心的な役割を果たしてきたアゼルバイジャンですが、近年はコーヒー文化も発展し、多彩なカフェスタイルが生まれています。
アゼルバイジャンのカフェ文化のルーツは、茶を提供する「チャイハナ」にあります。地元の人々が集い、紅茶(チャイ)を楽しみながら、会話やゲームを楽しむ社交の場。特にバックギャモン(ナルド)やチェスが人気です。
近年、特に都市部では、ヨーロッパやトルコの影響を受けたモダンなカフェが増加しています。また、アゼルバイジャンのカフェは単なる飲食の場ではなく、文化的な交流の中心地です。特に、音楽や詩のイベントが行われることも多く、地元のアーティストやミュージシャンが活躍する場となっています。
アゼルバイジャン料理を楽しむ
アゼルバイジャン料理は、地理的な位置や歴史的背景の影響を受けた、多彩で風味豊かな伝統料理が特徴です。この地域は古くから東西の交易路であるシルクロードの交差点であったため、中東、トルコ、イラン、中央アジア、ロシアなどの影響を受けています。
同時に、地元の豊かな自然と四季を反映した独自の食文化も育まれています。代表的な料理を4つ紹介します。
プラフ(Plov)
アゼルバイジャン料理の象徴とも言える米料理です。米をサフランで炊き、肉、魚、果物、ナッツなどを添える多様なバリエーションがあります。
ドルマ(Dolma)
野菜や葉に詰め物をした料理で、アゼルバイジャン風のアレンジが特徴。香辛料を混ぜたひき肉と米をブドウの葉で包んだ、ブドウの葉のドルマやナス、トマト、ピーマンを使用した野菜のドルマなどがあります。
クタブ(Qutab)
半月形の薄い生地に、ひき肉、野菜、またはカボチャを詰め、鉄板で焼いた料理です。サワークリームやザクロのソースと一緒に提供されることが多いです。
シャシリク(Şaşlık)
アゼルバイジャン風の串焼き料理です。羊肉や牛肉、鶏肉を使い、炭火でじっくり焼き上げます。
アゼルバイジャン料理は、その風味豊かな味わいと豊かな歴史に根ざした料理法が魅力です。自然の食材と伝統的な調理法が融合し、多彩な料理を通じてこの国の文化や暮らしを垣間見ることができます。
最後に
COP29期間中、参加者たちは休息日や会議の合間にバクー旧市街や郊外の観光地を訪れ、アゼルバイジャンの歴史や文化に触れていました。
COP参加者はエネルギーに関心があることが多く、特に人類とエネルギーの歴史の始まりを感じられる「炎の寺院」や「ヤナル・ダグ」の訪問が人気でした。アゼルバイジャンは、化石燃料による人類の恩恵を身近に感じることができる場所です。
また、アゼルバイジャンはグリーンエネルギーへの移行を進めており、行動を開始しています。石油やガスの生産を行っているアゼルバイジャンですが、そのエネルギーの多くは先進国が消費しています。このジレンマについて、私たち日本人も真剣に理解しなければなりません。