箱根の未来へ向けたSDGs推進とサステナブルツーリズムの取り組み
箱根町は、持続可能な観光地を認証する国際的団体「グリーン・デスティネーションズ」の表彰制度「世界の持続可能な観光地トップ100選」*を2022年、2023年と2年連続で受賞し、さらには2023年のファイナリスト審査において「ビジネス&マーケティング部門」世界1位を受賞しました。
箱根町の「環境先進観光地‐箱根」に向けた推進や、箱根DMO(一般社団法人箱根町観光協会)の観光地マネジメントを通して、行政、町民、事業者が地域一体となって「ALL箱根」として活動してきたことが評価された結果です。
本記事では、箱根町がどのような取組みによって持続可能な観光地となったのかを解説します。
*「世界の持続可能な観光地トップ100選」:毎年世界中の観光地から持続可能な観光の取り組みに関する優良事例(グッドプラクティスストーリー)を募集し、高い評価を獲得した100地域が選出される。
箱根町のSDGs推進計画
国内外から年間約2,000万人の観光客が訪れる国際観光地箱根町では、地球温暖化など地球規模での環境問題に先進的に取り組んでいくことにより、国際観光地として持続的に発展していく「環境先進観光地箱根」を目指しています。
この目標を達成するには、箱根町が抱えている人口減少、環境問題、観光客減、ごみ問題、交通渋滞などの様々な課題を解決していかなければなりません。
そこで箱根町では、箱根の未来に向けて、町が抱える課題を解決し、『住み続けられる・選ばれ続ける観光地』を実現するため、町民、事業者、観光客、行政がそれぞれの立場でSDGsに取り組むため、2023年6月に『箱根町SDGs推進計画』を策定しました。
SDGsに関する取組みとして、箱根町の将来像を「やすらぎとおもてなしのあふれる町ー箱根」として掲げ、6つの基本目標を定めてまちづくりを進めています。各目標ごとにSDGsのゴールと関連付けて箱根町独自のゴールを設定しています。
観光については、「基本目標5ー癒しと文化を提供する観光産業づくり」とし、
多くの人々に安らぎとうるおいをもたらし、伝統文化や歴史が感じられ、世界から目標とされる国際観光地づくりを進め、観光産業を発展させることを目標としています。
箱根町のSDGs取組み
箱根町では、「みんなでつくる箱根SDGs」として次の4項目を設定し、サステナブルな取り組みを行っています。
①ごみゼロの観光地
ごみを単なる廃棄物とせずに資源として活用する取組みを行っています。
ペットボトル水平リサイクル
使用済みペットボトルは、これまでトレイや繊維などペットボトル以外の用途にもリサイクルされることにより、使用後は焼却されていました。そこで、箱根町とサントリーグループは2022年7月に「ペットボトル水平リサイクルの実施に関する協定」を締結し、2022年8月にペットボトル水平リサイクルを開始しました。ペットボトル水平リサイクルでは、回収したペットボトルは全てペットボトルとして再生するので、無駄なく再利用できます。これにより、何度でも循環できる持続性のある資源化、適正処理を推進し、化石燃料利用の抑制や製造時の二酸化炭素排出量の削減を図ることができます。
②人と自然に優しい交通システム
環境に配慮しつつ、利用者に「来てよかった」と満足してもらえる「優しい観光地」づくりに向けた取組みを行っています。
軽自動車 EVタクシーの運行開始
2024年2月に、箱根モビリティサービス株式会社が神奈川県で初めて軽自動車のEVタクシーの運行を開始しました。コンパクトな軽自動車は、山岳地帯で急傾斜や狭い道が多い箱根町を走行するのに最適です。
箱根登山電車の環境にやさしい取組
多くの観光客・鉄道ファンに愛され続けている箱根登山鉄道は、箱根湯本から強羅間8.9kmを約40分かけて走行する日本有数の本格的な山岳鉄道です。
2014年にデビューした人気の最新車両「アレグラ号」は箱根登山電車初の回生ブレーキを搭載しています。回生ブレーキは、山下りでブレーキを使用する際にモーターを発電機として使用し、この際の運動エネルギーを電気エネルギーに変換します。ここで発生した電力は、電車の架線に戻され、ほかの走行中の電車のエネルギーとして使用できます。この仕組みにより消費電力の削減に大きく貢献することができます。
③自然とのつながりを感じる旅
箱根の森林に大量に存在する豊富な木材資源(間伐材など)の持続可能な利活用を目指した取組みを行っています。
間伐や植樹の実施
スギやヒノキなどの針葉樹の間伐や下刈りなどを行って、健全な森林を保全し、観光地としての景観づくりのため、広葉樹の植栽を行っています。 また、箱根町が進める水源かん養機能*に着目した森林づくり事業について理解を深めるため、町民やボランティア団体等による広葉樹の植林体験を進めています。
*水源かん養機能:大雨が降った時の急激な増水を抑え洪水を緩和する、しばらく雨が降らなくても流出が途絶えないように水資源を貯留するなど、水源としての機能のこと
ボランティアによる登山道補修
箱根町では、ボランティア参加者と協力して、箱根町内の登山道、史跡、旧東海道の補修を近自然工法*を用いて行っています。観光局や箱根町を支援するアウトドアメーカーなど多様な参加者により、箱根の豊かな自然を維持するための勉強会などを開催し、定期的な箱根の保全活動を行っています。
自分たちが補修した「道」や「観光資源」が残り続け、箱根で過ごす思い出の一部として残るため、やりがいと達成感の大きい体験ができます。
また、箱根の間伐材を箸、タンブラー、まな板などとして宿泊施設や雑貨店で利用・商品販売をし、間伐材の利用を促進しています。
*近自然工法:その土地の地質や環境に合わせた登山道整備を自然の中の構造物を取り入れて行うこと。自然界の摂理に習い、自然界に存在しない鉄の杭などは使用せずに、太い木の幹や石を配置して道や階段を作ること。
④働く人も暮らす人もwellbeing(幸福)な箱根町
日常生活の中で気が付いた出来事を箱根の魅力として再認識し、その魅力を伝えられるようなまちづくりに向けた取組みを行っています。
箱根の魅力を伝える人材育成
魅力的な観光資源が多い箱根ですが、その魅力を伝えるガイド人材の数は十分ではありませんでした。ガイドを育成することで、地域内での連泊、地域内での消費を促進する施策の1つとなり得るという発想から、2021年に箱根町とDMOが協力してガイド人材育成計画を策定しました。
プロジェクトチームには地元で経験豊富な登山ガイドからホテルなどの宿泊施設の事業者、防災関係者、漁協メンバーなど様々なメンバーが参加し、野外災害救急法「Wilderness Medical Training」などの外部プログラムを取り入れ、世界基準に準拠する専門性の高いガイドを育成する内容になっています。
ガイドという新しい職業の選択肢を地域で創り出すことで、地域での新たな雇用促進に繋げ、持続可能な事業サイクルとして箱根町の観光地としての付加価値を高める試みです。
サステナブルツーリズムの取組み
箱根町においてサステナブルツーリズムの取り組みをしている町内観光施設の一部を紹介します。
小田急 山のホテル
山のホテルでは、2008年度より業務用生ごみ処理機「ヤサイクル」を導入し、調理の過程で出る野菜くずなどの食品廃棄物を焼却せずに、処理機で良質な堆肥に再生させています。堆肥はツツジやバラの生育に利用して自然に還し、箱根の美しい景観づくりに役立っています。
他に、プラスチック製ストローから生分解性ストロー(植物由来樹脂)へ転換、
食品廃棄物由来の肥料により育てた野菜のメニューへの採用、アメニティ類のプラスチック包装を紙包装へ切り替えるなどの取組みを行っています。
参照:山のホテル
ザ・プリンス 箱根芦ノ湖
ザ・プリンス 箱根芦ノ湖では、2泊以上宿泊した場合に「エコフレンドリー活動」を推奨しています。活動に賛同すると、連泊時の客室清掃やリネン類やアメニティーの交換が実施されないため、リネン類の洗濯やアメニティーボトルの消費量が抑制され、省エネルギーや環境保全に貢献できます。
また、箱根西麓牛、伊豆山葵や足柄ほうじ茶など、近隣地域の食材を使用した献立を提供することで地産地消に努め、地域の生産者の保護や活性化に尽力しています。
参照:公式サイト | 箱根・芦ノ湖畔のホテル ザ・プリンス 箱根芦ノ湖
富士屋ホテル仙石ゴルフコース
富士屋ホテルでは、SDGsの推進と環境保全活動への取り組みへの一環として、富士屋ホテル仙石ゴルフコースでウッドチップを利用したバイオマスボイラー*を2023年7月に導入しました。日本ではウッドチップを利用したバイオマスボイラーの国内導入例は多くありません。これまで富士屋ホテル仙石ゴルフコースでは、主な設備の燃料として重油を使用していましたが、ウッドチップへ切り替えることでクリーンなエネルギーの使用とCO₂削減による気候変動対策を行っています。
*バイオマスボイラー:ウッドチップなどの木質資源を燃料にし、燃焼させて温水を作る熱源機器。使用するエネルギーを重油からバイオマス燃料に転換することで、化石エネルギーに起因する二酸化炭素(CO₂)排出量を削減します。
最後に
都心からのアクセスが良く、温泉街や富士山の絶景で有名な観光地、箱根。季節を問わず、年中観光客で賑わっているイメージがある一方で、様々な課題も抱えていました。それらの課題を解決し、町を支える「観光産業」と「町民の暮らし」の両輪で前進していくためには、町民・事業者・観光客・行政がそれぞれの枠にとらわれず協力・連携することが必要です。SDGsは行政や企業などの取り組みと捉えがちですが、一人ひとりが取り組まなければ達成できないものもたくさんあります。箱根町では、一人ひとりがSDGsへの取り組みを行うことによって持続可能な「住み続けられるまち」「選ばれ続ける観光地」に近づいているのでしょう。