タンパク質クライシスに迫る【前編】植物性ミートや培養肉の可能性
「タンパク質クライシス(Protein Crisis)」、日本語にすると「タンパク質危機」という言葉をご存知でしょうか?2021年現在、地球の人口は約78億人ですが、国連の調査によると2030年には約85億人に、2050年には約100億人になると予測されています。この人口増加と新興国の経済発展や生活水準の向上により、食生活が向上することでタンパク質が不足する「タンパク質クライシス」が起こり、世界的な問題になると予測されています。
本記事では、タンパク質クライシスの救世主として注目されている食材についてご紹介します。前編では代替肉である植物性ミートや培養肉についてです。後編では、昆虫食や藻類の研究、商品開発を行っている企業についてご紹介しています。
タンパク質クライシスと気候変動の関係性
本題に入る前に、気候変動との関係性について軽く触れさせていただきます。タンパク質と聞くと、動物性のものだと肉や魚、牛乳、チーズ、卵。 植物性のものであれば、お豆や豆腐、納豆などを思い浮かべる方も多いと思います。
今後世界の人口の増加に加えて生活水準が上がると、お肉を食べる人が増えると予想されており、現在の畜産業のモデルでは2030年には供給が追いつかなくなると予想されています。
タンパク質を多く含む肉の生産量を単純に増やせば問題が解決するように思えますが、現在の畜産業では、大量の穀物が必要とされ、これに伴う森林破壊や、いずれ土地や資源が不足するという課題が存在します。
さらに、家畜から発生するメタンガスや温室効果ガスは、全体の排出量の14.5%を占めており、持続可能な食生活の実現が困難です。畜産や漁業で使用される魚粉や大豆(主要なタンパク源として知られる)に関しても、土地の限界から同様の課題が見られます。
大豆の生産量は1960年と比較して既に10倍に増えており、これ以上の生産拡大は難しいとされています。また、管理が不十分な養殖場では、化学物質による水質汚染やバクテリアや病気の拡散が起こり、結果的に自然の生態系に悪影響を及ぼすという問題も指摘されています。このように、多くの課題が存在する領域です。
持続可能なタンパク質供給に向けた代替食品の可能性
食肉の増産が困難である場合、効率的にタンパク質を供給できる他の食品の割合を増やす必要があります。生産効率を示す指標には飼料のほか、水の消費量も重要です。特に牛肉は、タンパク質生産時に最も多くの水を消費します。たとえば、大豆は牛肉の約8分の1の水で生産することが可能です。
近年、タンパク質危機を解決する手段として、食肉の代替食品が注目されています。代表的な例として、動物細胞から作られる「培養肉」、大豆などで肉の味を再現した「代替肉」、飼料が少なく温室効果ガスの排出も抑えられる「昆虫食」などが挙げられます。
培養肉や代替肉は徐々に実用化が進んでおり、これらが広まることで環境への負担軽減や、動物の命を奪わずに食肉と同じ体験を提供できるようになります。また、食肉に比べてバクテリアの付着リスクが低く、より衛生的な選択肢です。
昆虫食は一時的に食文化から姿を消しましたが、タンパク質をはじめ、ビタミン、食物繊維、ミネラルなどの栄養素が豊富で、環境負荷も少ないため、再び注目を集めています。現在では、コオロギ、ミルワーム、カブトムシなどが食用として販売されており、新たな食文化として定着するかが今後の課題となっています。
次からは食肉の代替食品についてみていきましょう。
タンパク質クライシスを解決するための解決策
この危機を解決する方法として以下3つの方法が考えられます。
①代替タンパク質
代替タンパク質とは、家畜から摂取する動物性タンパク質の代わりに大豆ミートなど植物性のものから作られた、あるいは家畜を飼うほど環境負荷が高くない食材から作られたタンパク質のことを指します。
その主な利点として、家畜から発生するメタンガスや食肉加工時に排出される二酸化炭素を大幅に削減できるため、環境に優しい産業プロセスである点が挙げられます。また、食肉の解体処理が不要なため、動物福祉を考慮した倫理的な選択肢とも言えます。
従来、代替タンパク質は植物由来の食品(大豆やエンドウ豆の繊維など)を指していましたが、現在では植物以外の食品も含め、動物性タンパク質に代わる可能性を持つさまざまな食品が研究・開発されています。
Global Information, Inc.によると、この市場規模は2018年時点で88億米ドルに達しており、2019年以降は年平均9.5%の成長率を記録し、2025年までに179億米ドルに達すると予測されています。代替タンパク質の例として、エンドウ豆の繊維や大豆、マッシュルームなどがあり、最近では二酸化炭素由来のタンパク質も登場しています。牛乳由来のタンパク質も一般的ですが、牛の飼育には広大な土地と資源が必要で、家畜から発生するメタンガスが世界の温室効果ガス排出量の約14.5%を占めるため、環境への悪影響が懸念されています。
また、植物由来の代替タンパク質もすでに多くの商品が市場に出ていますが、これらも水や土地を多く必要とするため、完全に持続可能なシステムとは言えないという意見もあります。
②培養肉
第二の選択肢として、研究室で生成される人工培養肉が挙げられます。これは、代替タンパク質と並んでタンパク質危機への新たな解決策として注目されていますが、現時点では代替タンパク質に比べて研究・開発がそれほど進んでおらず、その潜在力や課題についてはまだ未知数と言えます。
培養肉とは、牛や豚の幹細胞を採取し、特定の栄養を与えることでシャーレ内で育てる人工肉を指します。サイズにもよりますが、完成までには数週間から2ヶ月程度かかります。従来の畜産業では、牛の飼育から解体までに多くのエネルギーを消費し、また牛の消化過程で発生するメタンガスが温室効果ガスとして環境や気候変動に大きな影響を与えています。このため、家畜を育てる必要のない培養肉は、環境に優しい新たな食肉の選択肢として期待されています。
しかし、培養肉が本当に環境に優しいかどうかについてはまだ不明な点もあります。現在の畜産業が環境問題に大きな影響を与えている一方で、培養肉の生産に必要なエネルギーやその過程で発生する二酸化炭素など、環境への影響についてはまだ十分なデータが得られていません。今後、人工培養肉が日常的に普及するためには、これらの課題を解決する必要があるでしょう。
③食生活を変える
そもそもお肉を食べないというベジタリアンやヴィーガン(完全菜食主義)といわれる選択肢を選ぶことです。欧米などでは、給食でベジタリアンやヴィーガンのメニューが提供されるほど生活になじみ始めています。
アジアではまだ広く浸透していないものの、グローバリゼーションや価値観の多様化、健康志向の高まりといった背景から、ベジタリアンやヴィーガンが普及するための土壌は整いつつあります。
特に、ヴィーガンのようにより厳格な食生活に対しては、健康面での懸念もありましたが、近年ではさまざまな製品が開発・提供され、ヴィーガンでも十分に健康的な生活を送ることが可能となっています。ヴィーガン食品を検索できるサイト「Bestie」を見ると、その豊富な選択肢に驚かされます。先述の代替タンパク質や培養肉をはじめ、さまざまな代替食品が増え、多くの消費者がこれらを食生活に取り入れる日が、そう遠くないかもしれません。
では、上記のヴィーガンの方でも食べることのできる代替タンパク質と、本物のお肉と相違ない培養肉を開発している企業にはどのようなものがあるのでしょうか?
今回前編では、「お肉」という括りで、大豆ミート(植物性ミート)と培養肉について、そして後編では、昆虫食と藻類についてご紹介しています。
今回はBEYONDミートなどの欧米の有名なメーカー以外、そして国内で取り組んでいる企業も紹介します。
NEXT MEATS
主原料は大豆とエンドウ豆ですが、今後はミドリムシや微細藻類などの代替タンパク質を使用することも検討しているようです。
代替肉のハラミやカルビ、チキンだけでなく、ツナ缶の商品も扱っています。
より多くの人へ知ってもらうため吉本の芸人さんとコラボしたり、また焼肉店や居酒屋でも商品提供を行っています。
ZERO MEAT
こちらも主原料を大豆としており、植物性のハンバーグやハム、ソーセージなどを取り扱っています。個人の判断にはなりますが、ハチミツを含めて一切使用していないのでベジタリアンやヴィーガンの方も食べられるようになっています。
チーズ入りのハンバーグがあったので原材料を調べたところ、チーズに見える豆乳クリームを使用しているそうです!
日本ハム
NatuMeat(ナチュミート)シリーズから「大豆ミートナゲット」が発売されており、ハンバーグ、ハム、ソーセージ、ミートボールなどお弁当にも使いやすいサイズで商品が展開されています。
国内ハム売上no.1の日本ハムは、国民の誰もが知っているメーカーだと思いますが、大手企業も参入するほどこの代替タンパク質、代替肉の市場は今後拡大していく可能性があるということなのではないでしょうか。
日清食品
大手企業であり誰もが知る日清食品は、培養肉ステーキの研究を進めています。
本物と同等の大きさの培養ステーキ肉はとても高度な技術が必要であり、世界でまだ誰も実現していないそうですが、日本はもともと再生医療などの研究が進んでいることに加え、高い技術力もあることから、東京大学生産技術研究所の竹内昌治教授と共同でこの研究を進めているそうです。
IntegriCulture
培養肉は従来のお肉よりも高価であることも珍しくありませんが、独自の細胞培養システムを開発し、動物の体内に似た環境を再現することで大幅なコストダウンを可能にした日本発のベンチャー企業です。2020年7月にはシンガポールのShiok Meats社と共同でエビ細胞培養肉の開発を開始しており、今年2022年は培養エビ肉の商品化を目指しています。
最後に
ここまで大豆ミート(植物性ミート)と培養肉について紹介してまいりましたが、いかがでしたでしょうか?
私たちの食生活には、さまざまな選択肢や自由が広がっていますが、同時に多くの外的要因もあり、最適な食生活スタイルの確立が急務となっています。個々人が単に自分の食事に満足しているだけでは、持続可能な未来を築くことはできません。
環境に配慮しつつ、健康を促進する新しい選択肢として、今回は代替タンパク質や代替食品に注目しました。これらの分野は大きな発展と成長の可能性を秘めていますが、依然として多くの課題が残されていることも事実です。
これらの選択肢がただ存在するだけでなく、実際に消費者が手に取って選べる身近なものとなることが重要です。これは世界的にも、日本国内においても大きな課題の一つと言えるでしょう。
後編では、昆虫食や藻類の研究、商品開発を行っている企業についてご紹介していますので、ぜひご覧ください!