都市部で広がる持続可能な新しい農業のかたちとは?最新事例を紹介
人間が生きていく上で欠かせないものの一つが「食料」です。2021年の日本のカロリーベースの食料自給率は38%と低く、今後の人口増加に対応するためにも「食料をどこから調達するか」は大きな課題となっています。
しかし、農業・畜産業界は世界全体で排出される二酸化炭素のうち24%を占めており、また貴重な水資源を多く消費しているといった問題も抱えています。よって、今後は従来と同じ方法ではなく、より環境負荷の少ない「持続可能な農業」を推進していくことが求められています。
農業分野での新たな取り組みとメリット
日本の都市開発の過程で農業はあまり重要視されず、農地は宅地化されてきましたが、近年その動きが見直されています。2015年に都市農業振興基本法が制定され、農林水産省は2016年に都市農業振興基本計画を策定しました。都市部に残る農地を活用する方向に転換したのです。
また、都市部での農業は消費地に近いため、鮮度が保ちやすく輸送コストや輸送時に発生するCO2を削減することができます。さらに、垂直農法といった高さを利用した栽培方法は、狭い面積でも多くの野菜を栽培することが可能です。
ここからは、CO2排出が最小限となる循環型農業の取り組みや、都市部での安定した供給を目指すIT型栽培、販売場所での栽培という究極の地産地消の取り組みの事例を紹介します。
株式会社サラ
株式会社サラは、2016年に岡山県笠岡市で設立された会社です。施設野菜の生産・販売事業と木質バイオマス発電事業を組み合わせたサステナブルな農業を推進しています。
サラは、広大な笠岡湾干拓地の平野に国内最大規模の半閉鎖型グリーンハウス3棟を建設しています。グリーンハウスには木質バイオマス発電所を併設し、ハウス栽培でありながら新たなCO2を排出しない「カーボンニュートラル」な栽培に取り組んでいます。オランダの「ファン・ダー・フーベン(VAN DER HOEVEN)」社との技術提携をはじめ、国内外の企業と連携し技術革新に挑んでいます。
バイオマス発電所では、間伐材や製材による木くず、パームヤシの搾りかすなどを利用して発電を行なっています。その過程で発生した蒸気は、ハウスの冷暖房に利用され、それぞれの野菜に適した生育環境を整備してます。また、燃焼時に発生するCO2を作物の光合成に利用することで、新たに排出されるCO2を生み出さない循環型農業として注目されています。 さらに、栽培している野菜は「IPM(Integrated Pest Management)」日本語では「総合的有害生物管理」によって、農薬の使用量を減らすことに成功しています。これは、生産者・環境・消費者に対し、エコで安全な “三方良し” の取り組みといえます。
とうきょうサラダ
「とうきょうサラダ」とは、工場型栽培の取り組みのことで、東京メトロとメトロ開発株式会社が共同で運営しています。東京サラダでは、土も農薬も使わない完全屋内型の人工光を用いた栽培方法を用い、東京メトロ東西線の西葛西駅〜葛西駅間の高架下で葉野菜を栽培しています。
栽培している野菜は、完全屋内型栽培なので虫や菌がつかず衛生的。そのため外側の葉まで利用でき、廃棄ロスが少ないといった特徴があります。また、消費地である東京で栽培されているので、鮮度がよく長持ちします。さらに、気候に左右されないため、年間を通じて安定した価格で供給することが可能です。
取り組みを始めた当初は販路開拓に苦労したものの、現在では異物混入などのリスクが少ないことや安定した品質が買われ、ホテルやレストランで活用されています。高架下の暗い・汚い・うるさいなど、ネガティブなイメージを持たれがちな場所を有効活用できるという面もあり、業界内外から注目を集めています。
都心で味わう「地産地消」
老舗の文具店「銀座 伊東屋」では、2015年に自社ビルをリニューアルした際に「働く人たちを体の中からサポート」するためのサラダを中心としたレストランを設けました。本店ビルの11階に新設された「野菜工場FARM」では、レタスやルッコラ、ケールなど数種類の野菜を育てています。それらの野菜は、IT技術を活用し温度や湿度、二酸化炭素濃度を計測できる室内で水耕栽培されています。無農薬で安定した生産が可能となっており、本店ビルの12階のレストランで提供されています。
農業をより身近に感じたり、体験できる取り組みも進んでいます。NPO法人アーバンファーマーズクラブは、都会の空地を畑や田んぼとして活用することで、地域で暮らす人たちと働く人たちが出会い、ともに収穫の喜びを分かち合うことを目的としたコミュニティです。
渋谷のビルの屋上など5か所で都市農園の新たな形を追求しています。賛同する人が参加し、コミュニティとしての作農や子どもの食育の場として活用しています。この取り組みは、子ども連れや家族向けだけではありません。土を触る中で社員同士のコミュニケーションの円滑化や、オフィス環境を整える一環としてオフィスビルの屋上を活用した事例もあります。
まとめ
人口が増加することで、人口1,000万人以上のメガシティの数は増えると予想されています。既に東京はメガシティです。日本全体の食料自給率向上はもちろん、今後はその過程での環境負荷を小さくすることも求められるでしょう。
今回は、バイオマス発電と掛け合わせたカーボンニュートラルな農業や、IT技術を活用した完全管理型の栽培方法、「究極の地産地消」ともいえる都市部での新たな取り組みの事例をご紹介しました。
これまでの栽培方法では、どうしても広大な土地面積が必要なため、都心部で栽培することは不可能でした。しかし、今回紹介した事例のように、テクノロジーの活用や他者と協力することで、持続可能な新たな農業の形が今後は主流になっていくのかもしれません。