リジェネラティブ農業(環境再生型農業)とは?事例とともに紹介
環境問題や地球温暖化といった問題の改善に繋がるとして注目されている「リジェネラティブ農業」をご存知でしょうか?1940年以降、化学肥料の大量投入や高収量品種の開発によって農作物の生産性は大きく向上しました。しかし、土壌中の化学肥料が偏ることで特定の栄養分が過剰になるなど、化学的な要因で土壌劣化が世界各地で発生しています。
「リジェネラティブ農業」という言葉は、日本ではまだ聞きなれない言葉かもしれません。しかし、グローバル企業はサプライチェーンで導入を進めるなど、関心が集まっています。本記事は、農業による環境に対する負荷低減を目指すリジェネラティブ農業について解説します。
リジェネラティブ農業とは
リジェネラティブ(Regenerative)とは、英語で「再生できる」を意味します。つまり、リジェネラティブ農業(Regenerative Agriculture)とは、農地の土壌の健康を守るだけでなく、土壌の改善・再生を目指す農業です。日本語では「環境再生型農業」とも呼ばれます。
リジェネラティブ農業が注目されている背景には、これまでと同じ農法で穀物や野菜を栽培すると栄養の過剰投下によって土壌が汚染され、疲弊し、最終的には農作物の生産性が低下すると懸念されていることがあります。疲弊した土壌では、農作物を安定して生産することが難しくなります。また、農作物の生産性だけでなく、気候変動の緩和でもリジェネラティブ農業は注目されています。有機物を多く含み、柔らかすぎない健康で豊かな土壌は、多くの炭素を長期間固定化することができます。
リジェネラティブ農業の農法
リジェネラティブ農業を実践する方法は、以下主に5つがあります。
- 不耕起栽培
不耕起栽培とは、土を耕さずに農作物を栽培する方法です。土を掘り起こさないことで、土壌に固定された炭素は大気中に放出されません。また、土壌侵食が軽減され、有機物を多く含む健康な土壌になります。
- 被覆作物(カバークロップ)の栽培
被覆作物の活用とは、作物を生産していない時期でも、土壌浸食防止や雑草の抑制などを目的として、露出する地面を覆うように植物を植えることです。また、植物は光合成によって有機物を土壌に供給します。例えば、マメ科植物をはじめとする被覆作物を植えることで、根粒菌と呼ばれる土壌細菌と共生し、根に根粒を形成します。 根粒菌は根粒の中で空気中の窒素をアンモニアに変換する窒素固定を行い、固定した窒素を植物に供給することができます。
- 化学肥料の使用量を低減する
リジェネラティブ農業は、有機農業とは違い、化学肥料の使用をある程度許容しています。しかし、化学肥料や農薬の過剰投与は、土壌汚染や疲弊を招くことから、適量を使用することが推奨されています。
- 家畜の排せつ物の利用
家畜の排泄物は、有機物を豊富に含んでいます。つまり、排泄物を農地にまくことで、土壌の中の微生物をより活性化させることが可能です。
- 輪作
輪作とは、同じ土地で異なる作物を、一定の順序で周期的に変えて栽培することです。輪作を行うことで、土壌の栄養素や微生物のバランスが崩れることを防ぎます。
- バイオ炭
バイオ炭とは、食品ロスや木材といった生物資源を「炭化」したものを指します。バイオ炭は、土壌に混ぜることで土壌改良剤として機能します。具体的には、酸性化してしまった土壌の中和や地球温暖化を加速させてしまう二酸化炭素の固定、水が染み込みやすくなるといった働きが期待されています。
リジェネラティブ農業の目的と指標
OP2B(One Planet Business for Biodiversity)とは、農業に焦点を当てた、生物多様性に関するビジネス連合を指します。OP2Bは、破壊された生態系の回復や生物多様性の保全に企業がサプライチェーン全体で取り組むことを推進しています。
OP2Bは、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)が中心となり、2023年7月現在、ダノン、ネスレ、IKEA、ユニリーバ、マイクロソフト、グッチなどを扱うケリング・グループなど合計29社のグローバル企業で構成されています。
OP2Bは、リジェネラティブ農業の目的と指標を以下のように定めています。
4つの目的
- 生物多様性の保護と向上を目指すこと
- 土壌の炭素と水の保持能力を高めること
- 化学肥料や農薬の使用を減らすこと
- 農場コミュニティの生活サポートすること
フレームワークを活用する際は、以下8つの指標をもとに測定を行うことを推奨しています。
8つの指標
- 一ヘクタール当たりの地中の炭素量
- ブルーウォーター*の取水量
- 一ヘクタール、作物の1サイクル当たりの収穫量
- 一平方キロメートルあたりの自然生息地の割合
- 殺虫剤などの農薬の使用量
- 化学肥料の投下量
- 農家の年間所得
- 農場コミュニティ発展を実現する重要な社会指標
*ブルーウォーターとは、地上に降った雨水のうち、地表面を流れて河川水になる水や土に浸透してそのまま地下水になる水のこと
リジェネラティブ農業のメリット・デメリット
リジェネラティブ農業のメリットとデメリットを紹介します。
メリット
非営利団体Regeneration Internationalは、リジェネラティブ農業が発揮する9つの効果を発表しています。
- 安定した食料生産
- 温室効果ガス排出量の削減
- 気候変動を食い止める
- 収穫量の向上
- 干ばつに強い土壌を作る
- 地域経済の活性化
- 生物多様性の保全に貢献
- 草原の回復
- 栄養状態を改善する
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また、食品メーカーは、リジェネラティブ農業によって生産された農作物を調達することで、サステナビリティに配慮し、温室効果ガス Scope 3 カテゴリー1(原材料等)の排出量を削減できる可能性があります。
デメリット
取り組むメリットの多いリジェネラティブ農業ですが、農家は実施するために技術を身につける必要があります。他にも、化学肥料や農薬の投下量を少なくすることで、収穫量が減ってしまうのではないかという不安を抱く農家も少なくありません。農家は慣習的な農法から新しい農法に切り替えることを嫌いがちです。農家は、リジェネラティブ農業に対する知識とスキルを身につけ、徐々に慣習的な農法から切り替えを行うことを推奨します。
リジェネラティブ農業に取り組むスタートアップ4選
リジェネラティブ農業の普及を目指すスタートアップ企業を4社紹介します。
Indigo Ag
Indigo Agは、化学肥料ではなく、微生物とデジタル技術を活用して農業に変革を起こそうと挑戦しているアメリカ発のスタートアップ企業です。2014年に創業し、現在は微生物でコーティングした種子の製品化を行っています。同社の開発した種子は、微生物の働きだけで成長スピードや耐病性を向上させているため、化学肥料や農薬の使用を低減することが可能です。
また同社は、衛生データを用いて被覆作物(カバークロップ)や輪作によって土壌に吸収された炭素の量を推定する技術を開発しました。炭素吸収量は、カーボンクレジットとして取引され、収益が農家に還元される仕組みも構築しています。
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Rizoma Agro
Rizoma Agroは、ブラジル発のスタートアップ企業です。同社は、リジェネラティブ農業でトウモロコシと大豆、果物の栽培に取り組んでいます。具体的には、輪作とアグロフォレストリー*を実施しています。また、同社は湛水によって作物が病気にならないよう、灌漑管理も行っています。
*アグロフォレストリーとは、農業と林業を組み合わせた造語で、森林農法と呼ばれています。具体的には、1つの農地に樹木と農作物を一緒に植え、農業と林業、畜産業を同時に行います。
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TodaVida
TodaVidaは、ドイツ発のスタートアップ企業です。ブラジルの荒廃した地域でアグロフォレストリーを行っています。同社は、小規模農家がアグロフォレストリーに転換することを支援することで、土壌を回復・再生させ、また熱帯雨林の回復にも貢献しています。
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Degas
Degasは、日本発のスタートアップです。アフリカのサブサハラを中心とする小規模農家向けに種子や肥料などの農業資材のファイナンス事業を展開しています。取引先であるNestlé とともに2021年よりリジェネラティブ農業に挑戦しています。不耕起栽培、被覆作物やバイオ炭施用によって、痩せ細ったサブサハラの農地の土壌改良を目指しています。2023年は、アフリカ大陸最大級となる約1,000エーカーの土地でリジェネラティブ農業を行っています。
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リジェネラティブ農業を強く推進している企業事例
前述した通り、リジェネラティブ農業は、環境保全や生態系の回復だけでなく、二酸化炭素排出を抑制することができます。そのため、企業は農家と連携しながら、自社で調達する農作物をリジェネラティブ農法で生産し、サプライチェーン全体の二酸化炭素排出量を削減する動きが加速しています。
OP2Bにも賛同し、リジェネラティブ農業を積極的に推進しているグローバル企業を3社紹介します。
Nestle(ネスレ)
ネスレは、世界最大の食品・飲料メーカーで、ベビーフードやコーヒー、乳製品などを製造・販売しています。同社は、2025年までに主要な原材料の20%を再生農業により調達し、2030年までに50%を再生農業により調達するという目標を掲げています。
ネスレが全体で排出する3分の2の温室効果ガスは、直接的な企業活動からではなく、原材料を調達する農業から排出されています。同社は、2021年9月に再生可能なフードシステムへ移行することを発表し、サプライチェーン全体でリジェネラティブ農業を導入するための支援を積極的に行っています。
具体的には、以下の3つです。
- 最先端の科学技術を応用して技術支援を行う
ネスレは、研究開発の専門家や農学者との広大な人的ネットワークを活用し、例えば、環境負荷が少ない高収量のコーヒーやカカオの品種開発、乳製品のサプライチェーンにおける排出量削減のための新たなソリューションの評価を行っています。また、ネスレは農業研修を提供し、情報や現地に合わせたベストプラクティスを農業従事者が学べる機会を提供しています。
- 投資サポートを提供
リジェネラティブ農業への移行は、初期リスクや新たな経済的コストを伴います。ネスレは、農業従事者との共同投資、融資の促進、特定の設備のために融資を受ける支援を行います。ネスレは農業従事者のパートナーと協力して、リジェネラティブ農業を推進する最良の方法を試験して学ぶパイロットプロジェクトに資金を提供します。
- 再生農業の農産物に割増価格を支払う
ネスレは、リジェネラティブ農業で生産された多くの農作物の購入価格にプレミアム価格を付加し、より多くの農作物を購入することを公表しています。これは農作物の量と質だけでなく、土壌の保護、水の管理、炭素隔離など環境上の利益に応じて、農業従事者に報いることを意味します。
Danon(ダノン)
ダノンは、ヨーグルトや天然水、植物性のオーツミルクの製品などを製造する食品メーカーです。ダノンは、ユニリーバとネスレの3社で2002年にSAI(Sustainable Agriculture Initiative )という持続可能な農業のためのイニシアチブを設立しました。2023年7月時点で、150社以上が参加するプラットフォームとなっています。つまり、2019年にOB2Bが発表される前から持続可能なリジェネラティブ農業を強く推進していました。
同社は、WWFや環境および農業の専門家の多様なグループ(APEXAGRIやCIWFを含む)と協力して、リジェネラティブ農業における基準を明確化するため、スコアカードを作成しました。
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ダノンが排出している温室効果ガスの3分の2は、農作物調達に関連する農業セクターが排出源となっています。温室効果ガス Scope3の削減を行うためにも、農業従事者に対してリジェネラティブ農業の導入を促進しています。同社は、リジェネラティブ農業に取り組みを始めたばかりの農業従事者に対しても支援することを約束し、資金や訓練の機会を提供しています。
Unilever(ユニリーバ)
食品や洗剤、ヘアケアといった家庭用品を製造・販売する多国籍企業であるユニリーバは、2020年に新たなサステナビリティに関する目標を発表しました。同目標は、森林破壊を一切行わないサプライチェーンの構築や原材料の調達から店頭販売までの過程で温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることなどが盛り込まれています。
加えて、サプライヤーに対し、リジェネラティブ農業を促進していく方針も発表しています。ユニリーバは、すべてのサプライヤーに対し、リジェネラティブ農業規範(Regenerative Agriculture Code)を導入しています。この規範は、同社がこれまで行なってきた持続可能な農業規範(Sustainable Agriculture Code)を土台とするものであり、リジェネラティブ農業に関する詳細が書かれています。
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さらに、同社は、リジェネラティブ農業を通じて農業従事者や小規模農家が自然環境を再生できるよう、資金調達や土地の権利の保護といった包括的な支援を行うと発表しています。
同社の取り組みについて詳しくはこちら
日本国内の現状と課題
欧米では普及しつつあるリジェネラティブ農業ですが、日本ではあまり浸透していないと感じます。日本でリジェネラティブ農業の浸透が遅い背景には、以下2つの理由が考えられます。
- 農地面積の狭さ
従来の農法からリジェネラティブ農業へ転換するためには、土地によって土壌の状態や気候が異なるため、試験的に実施する必要があります。しかし、成功事例が多く発表されているアメリカと比べて、日本の一農家あたりの農地面積は小さいです。そのため、試験的に実施する農地やリジェネラティブ農業を行う土地が不足しているという問題があります。
- 病気による収穫量減少に対する懸念
耕起栽培から不耕起栽培へ転換すると、土壌にひそむ嫌気性菌によってこれまではかからなかった病気になる作物が増えるのではと懸念する声もあります。また、農家がリジェネラティブ農業へ転換し、万が一農作物の生産量が大幅に低下した場合、日本では損失を補填する支援が不十分です。農家自らがリジェネラティブ農業を導入することは、現時点ではリスクが高いと考えられ、浸透スピードは早くありません。
最後に
リジェネラティブ農業をサプライチェーンで推進する企業やリジェナラティブ農業を積極的に実践するスタートアップが誕生しています。食品メーカーのサプライチェーン全体で脱炭素を目指す流れもますます加速していくことから、日本国内でも浸透スピードが速くなる可能性があります。ただし、リジェネラティブ農業が日本全体で浸透していくためには、日本の気候や土壌でもリジェネラティブ農業が実践できるというノウハウの確立や多くの成功事例が必要となります。