観光立国・シンガポールが目指す、都市型サステナブルツーリズム
シンガポールにとって観光業は、主要な産業の一つです。シンガポールの観光収入は、国内総生産(GDP)の約5.5%を占めます。2023年の観光収入は272億シンガポールドル(約3兆1,280億円)で、新型コロナウイルス禍前の2019年とほぼ同水準まで回復しました。シンガポールは戦略的に観光業の育成に取り組んでいます。
戦略の大きな柱の1つが、脱炭素化やサステナビリティへの対応です。
シンガポールの観光再生
シンガポールの観光業を支援する機関として、シンガポール観光局(STB)があります。
1964 年にシンガポール政府によって設置されたSTBは、観光の目的地としてシンガポールの振興を監督する立場です。シンガポールにおける国内外の観光関連企業の支援のみならず、シンガポールの観光業へのあらゆる取組み、先駆的なプロジェクト、マーケティングおよび振興を永続的に推進する役目を果たしています。
1996年にSTBは民間セクターおよびその他の政府機関と協力して、21 世紀ならびに国際的な観光業の拡大を目指したシンガポールへの準備を整えるためのマスタープラン「Tourism21― 観光都市としてのビジョン」を策定しました。
これは世界に通用する観光の目的地、観光ビジネスの中心地、そして観光拠点ならびにゲートウェイへと変革するシンガポールをめざすもので、シンガポールの観光立国の歩みはここから始まっています。具体的な施策としては、チャイナタウン文化遺産保護やセントーサ島再開発から始めました。
さらに進化するシンガポールの観光戦略
シンガポールは、観光戦略として魅力的でユニークな体験を提供するために新たなアトラクションや施設の開発を進めています。2024年には観光産業に3億シンガポールドル(約3.45億円)の投資が決まり、新しい観光プロダクトの開発や観光従事者のスキル向上などが図られています。
セントーサ島のResorts World Sentosaでは2025年に大規模な「シンガポール・オーシーナリウム」が完成予定で、既存の施設も拡充されます。
さらに、シンガポール観光局(STB)は、観光客誘致のために「Made in Singapore」キャンペーンを世界中で展開し、主要都市に3Dビルボード広告を設置しています。韓国や中国の人気メディアとの提携も進め、シンガポールの観光地が多くの番組で紹介されています。
また、インドの決済プラットフォームPhonePeとの協力でインドからの観光客の利便性を向上させるなど、アジア地域を中心に観光マーケットを拡大する戦略も採用しています。
観光ハイライト周辺にはたくさんのインフォーマルパブリックライフ
シンガポールの観光のハイライトの周辺には、多くのインフォーマルパブリックライフを実現する要素があります。シンガポールの観光戦略の中心には、自国民が楽しめる、心地よい環境をつくるという考えがあります。
インフォーマルパブリックライフは、都市社会学や都市デザインにおいて重要な概念で、都市空間が持つ人間関係の豊かさやコミュニティの形成における役割を示しています。
インフォーマルパブリックライフは、例えばカフェや公園、歩道といった公共の場で、人々が日常的に非公式に集い、交流し、社会的なつながりを築くような生活を指します。これは正式な集まりや組織化された活動ではなく、自然発生的な交流や、日常的な社会的インタラクションが中心となる「公共生活」の一部です。
シンガポールにあるインフォーマルパブリックライフの具体例です。
1. ホーカーセンター(Hawker Centers)
シンガポール特有の屋台料理市場で、地元の人々や観光客が食事をしながら交流する場所です。安価で多国籍な料理が楽しめるだけでなく、カジュアルな会話や社交の場としても重要です。地元の住民同士が自然に会話を交わしたり、テーブルを共有する文化が根付いています。
2. 公園や庭園
シンガポールにはイーストコーストパークやガーデンズ・バイ・ザ・ベイなど、多くの緑地があります。これらはピクニック、ジョギング、サイクリングなどを通じて、非公式な社会的交流が行われる場所です。特に週末には、家族連れや友人同士が集まり、リラックスした雰囲気の中での交流が見られます。
3. 歩行者エリアとストリートアート
シンガポールのにぎやかなカンポン グラム地区の中心に位置するハジ レーンやチャイナタウンなどのエリアでは、散策やショッピング中に地元住民や観光客同士が自然と交流します。また、ストリートパフォーマンスやアート展示がインフォーマルな公共の楽しみを提供しています。
4. マーケットやナイトマーケット
伝統的な市場やナイトマーケットでは、買い物を通じた交流が頻繁に行われます。お祭りシーズンには特に活気づき、人々が非公式に集う文化的な場となります。これらの空間は、公式な組織やイベントに頼らず、住民同士が日常的に触れ合い、地域社会のつながりを深める重要な役割を果たしています。
これらのエリアの周辺は、ウォーカブルなまちづくりがされているケースが多いです。
ウォーカブルなまちづくりとは、車中心のまちづくりから歩行や公共交通機関といった移動方法を中心とするまちづくりへのシフトを指します。車社会と一定隔離されていることから車椅子やベビーカーの訪問者も安心してエリアの散策を楽しむことができます。
セントーサ島の再開発計画の中心も自国民
元々は軍事産業と工業地帯開発が計画されていたセントーサ島。軍事や一般産業ではなく、観光開発を選択したセントーサ島再開発計画は、その全てが外国人の誘致を目的としているわけではありません。
主な目的は最高級のリゾートを自国民に提供し、質の高いサービスとエンターテーメントを手ごろな価格で提供することでした。セントーサ島の開発は3つのエリアに分かれて、開発がされています。
1) アクティビティ地区 エンターテーメント、飲食店が出店
2) 南ゾーン 海好きの方々を満足させる3つの海岸
3) グリーン・スパイン 重要歴史建造物、森林、観光アカデミー、リンバ・セントーサ
都市型リゾート観光地であるセントーサ島は、サステナブルツーリズムを積極的に推進しています。GSTC2024カンファレンスにて、セントーサ島の取り組みが紹介されました。
・再生エネルギーの普及
太陽光パネルが敷設可能な施設の屋根上すべて(46箇所)に敷設を行った。これから再生エネルギー普及の第二フェーズを実行する。第二フェーズでは、通路に太陽光パネルを埋め込むなどの新しい挑戦を行う。
・気候変動の適応
温暖化によって、水位は上がっている。しかし、短期的なリスクとして、異常気象による負の影響が強くなっている。異常気象のリスクを軽減する取り組みを検討している。
・廃棄物量の削減
セントーサ島から排出される廃棄物のプロファイリングを実施し、廃棄物のデータを保有している。セントーサ島では、頻繁にイベントが開催されるが、イベントから排出される廃棄物は、食材と消費財が多い。シンガポールの面積は限られているため、効率的なウェストマネジメントシステムを構築する必要があり、現在構築に向けて動いている。また、プラスチックゴミに関しては、道路舗装の材料に使う取り組みも行い始めた。
まとめ
セントーサ島によるサステナビリティの取り組みの紹介で強調されたのは、どの取り組みにも、リーダーシップがあり、パッションを持って取り組んでいる人材がいることです。
これらの人材の企業のおける職位は高いとは限りません。リーダーシップとパッションは必ずしも企業トップから出てくるわけではなく、どの職位からも出てくる可能性があります。
大切なことは、企業内から出てきたリーダーシップとパッションを企業トップがしっかりと支え、それらの人材をエンパワーすることです。シンガポールの都市型サステナブルツーリズムは、STBが明確な方法性を示し、多様なリーダーシップとパッションを持った人材によって支えられ、新たな発展のフェーズに突入しています。