ジェントリフィケーションによって変わりゆくドイツ・ベルリン
現在、世界の多くの都市で見られる経済的な現象のひとつにジェントリフィケーションがあります。ジェントリフィケーションとは、低所得層が住んでいた地域が再開発され、富裕層が流入することで地域全体の価値が高まる現象のことを言いますが、インフラが整備され、新しい投資や雇用が生まれ、地域の治安が改善し、経済的な発展や地域の活性化に繋がるなどのポジティブな面が期待できます。
しかし、一方で、「街の高級化」と呼ばれるこの現象は、元々住んでいた住民が退去に追いやられ、根付いていた文化的多様性が失われることによって、コミュニティが分断され、経済的差別が生まれるほか、物価が高騰するなどのネガティブな面があることも事実です。
特に、ドイツ・ベルリンでは近年急速にジェントリフィケーションが進み、街の変化が著しいです。今回は、実際の暮らしの中で感じるリアルなジェントリフィケーション現象について詳しく説明したいと思います。
ニューヨーク、ロンドンと並ぶ高級化現象
ジェントリフィケーションが進んでいる世界の都市として挙げられるのが、ニューヨークのブルックリン、ロンドンのショーディッチやブリクストンですが、それらの地域と並んで挙げられるのがドイツ・ベルリンのプレンツラウアーベルクやクロイツベルクです。
プレンツラウアーベルクは、ベルリンの東側に位置し、元は労働者階級やアーティストが多く住んでいましたが、再開発により家賃が急騰し、現在は富裕層の家族や成功者が多く住む高級住宅地となっています。筆者が住んでいるのがまさにプレンツラウアーベルクですが、幸運なことにアルトバウと呼ばれる100年以上前に建てられた古い建物をDIYでリノベーションした物件で、大家であるドイツ人女性が旧東ドイツ時代から住んでいるため格安の家賃で住むことが出来ています。
10年間で引越しを何度も繰り返しており、治安があまり良くない地域に住んだこともありますが、プレンツラウアーベルクは夜中に1人で歩いていても不安や恐怖を感じたことはありません。ジェントリフィケーションのメリットとはこのような生活習慣の中で実感するものかもしれません。日本人が多く住む地域としても有名ですが、事実、友人の誰からも治安の悪さを危惧する発言を聞いたことがありません。
犯罪多発地域に認定されたクロイツベルクの現状
一方、クロイツベルクでは、再開発に対して地域住民が反対し、若者で結成された団体「Kreuzberg United」などが中心となって、頻繁にデモが起きる事態にまで発展しています。グローバル企業から解放された最後の地区として、ショッピングセンターなどの大型店舗もなく、独立した企業や家族経営の個人店が多く、多様性に満ちた独自の文化が根付いているのがクロイツベルクです。中でも通称「コッティ」と呼ばれ、多種多様な飲食店で賑わうKottbusser Tor周辺は、1960年代から70年代にかけて移民労働者、スクワッター、活動家たちが住み着き、トルコ系移民の象徴的な中心地となりました。
ところが、昨年2月、ベルリン上院はコッティに新しい警察署を設置する計画を発表しました。貧困化が進んだことにより、駅前には多くのホームレスや薬物依存症者で溢れていることも事実です。「犯罪多発地域(kriminalitätsbelasteter Ort)」として登録されている同地域の治安は決して良いとは言えず、毎日のように警察によって取締りが行われています。筆者自身も夜遅くに1人で訪れることは避けるようになりました。
警察は移民を無差別に犯罪者扱いし、働くことを禁止し、その結果として路上で薬物を売らなければ生活ができない状況を作っているという意見もあります。事実、犯罪多発地域に認定されているエリアは、既存の法律を無視して、何の疑いもなく捜索や監視を行うことが許されています。また、新しい警察署は問題を解決するためのものではなく、「取り締まっている」と見せるジェスチャーに過ぎないのではないかと心配の声も上がっています。薬物依存や貧困の根本的な問題には向き合わず、ただ人々を罰し、地域から追い出し、富裕層だけが住める場所になり、のちに白人の富裕層による人種差別問題や政治問題にも繋がると懸念されています。
10年以上前から止まらない家賃の高騰と深刻な住宅不足
「街の高級化」と呼ばれるジェントリフィケーションは当然ながら家賃にも影響を及ぼしています。欧州ベルリンは古い建物をリノベーションした賃貸アパートがほとんどで、一軒家は郊外に行かないとなかなか見ることはありません。近年では高級アパートの建設を頻繁に見かけるようになりましたが、新築の分譲物件に限らず、ベルリンの家賃は10年以上に渡り、高騰し続けています。筆者が移住してきた2014年の時点ですでにその傾向にあったと言えますが、東京の生活と比べると家賃だけでなく、食品などの物価も含めて全てが安いと感じていました。
しかし、家賃の値上げに関しては急激に加速していきました。困った住民たちは度重なる大規模なデモや署名活動を行い、2020年には家賃の引き上げを5年間禁止することを定めた「家賃上限法 (Mietendecke)」が設けられました。しかし、虚しくもその法案は2021年に撤廃されてしまい、家賃高騰は止まるところを知りません。
日本からの移住者は、住民登録ができて長期住める家を探すことが今最も困難となっており、ビザ(長期滞在許可証)を取得するよりも難しい状況になっています。国内外からの移住者の増加によって人口が増え、住宅が不足しているとも言われていますが、ジェントリフィケーションにより、世界中の投資家や大規模な不動産会社がベルリンの不動産市場に目をつけ、投資用の住宅を購入しています。そのため、家賃が値上げされ、新築のアパートが建設されても地元住民にとっては手の届かないほど高額に設定されています。
頻繁にデモが行われているのは家賃の値上げだけではありません。コロナ禍以前から抗議の声が上がっているのがベルリン市内の高速道路A100の延長プロジェクトです。欧州ドイツで最も高額な道路計画と言われており、反対派の緑の党からは無駄な費用が掛かる墓場とさえ呼ばれています。また、この計画により5つのローカルクラブが立ち退きの危機に陥っており、ベルリンのクラブシーンにも多大なる影響を与えることになります。
都市開発が進むことによって導入される便利なサービス
ジェントリフィケーションについてネガティブな事例ばかり挙げてしまいましたが、10年前と比べてベルリンの街が便利になったことは確かです。ヨーロッパの先進国でありながら他国と比べて驚くほどカード使用が出来ない店舗が多数でしたが、接触を避けることが多くなったコロナ禍以降は一気にキャッシュレス文化が浸透しました。現在は、一部を除く店舗でカードの使用が可能となっているだけでなく、スマホ決済やアプリケーション利用者に提供される割引クーポンなど様々なサービスが導入されました。
ベルリンはヨーロッパ諸国の中でもスタートアップ・ハブのひとつとして急成長を遂げています。中でも環境先進国と呼ばれるドイツとあって、サステイナビリティやクリーンテック分野に注目が集まっており、再生可能エネルギー、循環型経済、クリーンな輸送技術に関連するスタートアップが次々と登場しています。
また、WoltやLiferandoなどのフードデリバリーのスタートアップが多数参入し、街の至るところで配達人を見かけるという事実は人口の多い都会ならではの傾向ではないでしょうか?Nextbile、 Tier、Limeなどの自転車や電動スクーターのシェアリングサービスに関しては日本より需要が高く、浸透していると言えます。
ベルリンの地下鉄なども交通公共機関はすでに広範囲に渡っており、遅延やストライキを除けば、週末は24時間運行されているなど、以前から非常に便利だと感じています。ここ数年ではさらなる路線の拡張が実施されており、中心地の同様に再開発が進む郊外地域から中心部へのアクセスが便利になっています。バリアフリーの設備も拡充されており、エレベーターやエスカレーターが各駅で増加しており、ホームと車両の段差を解消する取り組みも進められており、車椅子利用者や高齢者にとっても使いやすくなっています。
他にも筆者が最も切望するのが行政手続きのオンライン化です。これまでは直接役所に出向いて手続きしなければならなかった住民票の申請や車両登録、税金などのいくつかの手続きに関してはすでに専用のウェブポータルやアプリケーションを通じて行えるようになっていますが、日本と比べるとまだまだ遅れを取っており、便利になったとは到底言えません。
最後に
ジェントリフィケーションは人口が多く、改善の余地がある地域においてはインフラがアップデートされ、便利な暮らしができることは事実です。しかし、便利になることを望んでいない人もいることも事実であり、家賃や物価が高騰することによって生活苦に陥る人が多いことも理解しておかなければなりません。