ウクライナの独立記念日に無料コンサート開催|ドイツ・ベルリンから平和を願う
貴重な夏日となった8月24日、ベルリンのパンコウ地区に位置するバロック式の美しいシェーンハウゼン宮殿の庭園にて、ウクライナ・フリーダム・オーケストラ(Ukrainian Freedom Orchestra)によるクラシックコンサートが開催されました。同コンサートは、6月24日から9月3日まで開催された「Kultursommerfestival」の一環として、なんとフルオーケストラの演奏が無料で披露されたのです。
「Kultursommerfestival」とは、毎年夏に開催されているドイツ・ベルリンの風物詩的なカルチャーフェスティバルです。ベルリン市内の至るところに存在する野外イベントスペースを会場に、コンサート、演劇、ダンス、朗読、トーク、インスタレーションなど、さまざまなジャンルの催しが毎日開催され、無料で参加できるプログラムも豊富で、毎年かなりの盛り上がりを見せています。
その中でも特別なイベントとなったのが、筆者が鑑賞したウクライナ・フリーダム・オーケストラによる無料コンサートです。ウクライナ・フリーダム・オーケストラとは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から逃れたウクライナ人音楽家とヨーロッパ諸国のオーケストラに所属するウクライナ人音楽家の総勢75人で構成されているオーケストラです。キエフ国立歌劇場、オデサ・フィル、ウクライナ国立交響楽団、リヴィウ・フィル、ハリコフ歌劇場、ウィーン・トーンクンストラー管弦楽団、ベルギー国立管弦楽団、ベルリン・シュターツカペレなどから集まった一流の音楽家たちによって構成されています。
発起人となったのは、ウクライナ人の祖先を持つカナダ人指揮者で音楽監督のケリー=リン・ウィルソンです。指揮者の父、ピアニストの祖母、テノール歌手の祖父と音楽一家に生まれ、幼少期からピアノをはじめ、ジュリアード音楽院でフルートと指揮を学び、ザルツブルクでアバドに師事した経歴を持ちます。ケリー率いる同オーケストラには、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場やポーランド国立歌劇場が即座に支援したことでも知られています。
開催日となった8月24日は、今から32年前の1991年に旧ソ連から独立を宣言したウクライナの独立記念日に当たります。本来であれば独立を祝う記念日であり、これまでもさまざまな行事が行われてきましたが、ロシアとの戦闘が続く現在、記念日は平和を願う日へと変わってしまいました。皮肉にもこの日は、ロシアによる軍事侵攻が開始されてからちょうど1年半に当たり、今もなお先の見えない戦闘が続いています。ウクライナの首都キエフにおいても、大通りに戦闘で破壊されたロシア軍の戦車などが展示されたとのことですが、ロシア軍による攻撃を警戒し、大規模な行事は開催されなかったようです。
フルオーケストラによる2時間半にも及ぶ圧巻のコンサート
ベルリンでは、チャリティーコンサートや物資支援など、現在も引き続き様々な支援活動が行われていますが、同コンサートは特に特別なイベントであると実感しました。これまで見たことのない数の報道陣が集まる中、ドイツ連邦共和国の大統領であるフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー氏が登場し、ステージ上であいさつする姿に拍手喝采が起きました。他にも、ジョー・チアロ・ベルリン文化担当上院議員、オレクシイ・マキエフ駐独ウクライナ大使をはじめとする重鎮ゲストが多数来場しており、エントランスでは、プレス関係者にも関わらず、かなり厳重なセキュリティー体制が敷かれていました。
フルオーケストラによるコンサートは、2時間半にも及び、無料とは思えないほど贅沢で素晴らしい演奏を体感することができました。演目は、1862年にサンクトペテルブルクのボリショイ劇場で初演されたヴェルディのオペラ「運命の力」序曲に続き、ウクライナの偉大な作曲家エヴェン・スタンコヴィッチのヴァイオリン協奏曲第2番が演奏されました。そして、ハイライトには、ベートーヴェンの交響曲第9番で、合唱団がフリードリヒ・シラーの「歓喜の歌」をウクライナ語で歌いました。ベートーヴェンの交響曲第9番終楽章の主題は、今や世界で最も人気のあるクラシック音楽のひとつであり、1985年には欧州連合の公式賛歌にも採用されています。
同オーケストラは、8月から9月にかけて自由を求めて戦うウクライナの芸術性を示し続けることを目的に、ロンドン、アムステルダム、ハンブルク、スイス、ワルシャワなど、ヨーロッパの主要都市を回るツアーを行ってきましたが、ウクライナの独立記念日という特別な日に、ベルリンでフルオーケストラコンサートを観れたことは非常に貴重な体験でした。
このツアーに関して、オレナ・ゼレンスカ、ウクライナ大統領夫人は以下のコメントを公表しています。
「ウクライナ・フリーダム・オーケストラは、ウクライナの音楽の声です。普遍的であり、翻訳しなくても理解できる音楽という存在は、私たちが世界に語りかけるための言語なのです。『ウクライナ・フリーダム・オーケストラ サマー・フリーダム・ツアー2023』のコンサートに参加し、彼らのプログラムである永遠の名曲に込められた自由への永遠のメッセージを聴いていただきたいです。音楽は、侵略を黙らせるために語りかけるでしょう」
また、指揮者で音楽監督のケリー=リン・ウィルソンも以下のコメントを残しています。
「ウクライナが自由な世界のために勇敢な戦いを続けている今、これまで以上に私たちの支援を必要としています。この夏のウクライナ・フリーダム・オーケストラのフリーダム・ツアーで、ウクライナの文化遺産を守るためにオーケストラの勇敢な音楽家たちと再び合流できたことを誇りに思います。戦争に勝利するまで、私たちは休むことはありません」
ドイツにおけるウクライナ難民への支援
ドイツには、ウクライナから避難してきた人が多数います。もともと、シリア、アフガニスタン、イラクなどの紛争地からの難民受け入れに積極的に取り組んできたドイツですが、より身近に感じるようになったのがウクライナ情勢です。今年の1月現在の受け入れ人数を見ても、隣国ポーランドに次いでドイツは2番目に多く、2023年9月時点で、約105万人です。18~60歳の男性に関しては、国民総動員令により出国を禁じられているため、女性と子どもが大多数になりますが、ドイツに避難してきた場合、以下のような待遇が受けられるようになっています。
▪️ビザなしの入国および、90日間の滞在が可能
▪️一時保護措置により、申請すると1年間の在留資格が与えられ、最大3年間まで延長可能
▪️宿泊施設、食事、医療のサービスのほか、給付金(例えば、独身もしくは一人親の場合は月367ユーロ)の受け取りが可能
なぜ、ドイツは難民受け入れに積極的なのでしょうか?人道的支援が表立った理由ですが、ナチス時代の強い反省があるとも言われています。一部のユダヤ人や反体制派が生き延びることができたのは、米国やパレスチナなど80カ国以上がドイツからの亡命申請者を受け入れたことが背景に挙げられます。しかし、一方では、ドイツにおける高齢化とそれに伴う労働人口の減少を補うために難民を受け入れ、100万人もの人手不足を補うことを見据えているとも言われています。
また、反移民を訴える極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」を支持する国民も一定数いることや支持率が上がっていると言います。その背景には、難民による犯罪が増えていることや物価高騰、ベルリンにおいては住める家がないと言ったシリアスな住宅問題も起きているのが事実です。ウクライナへの武器供与をめぐり、賛成派と反対派によるデモが起きたこともありました。
”戦争”という言葉を見る度、膨大な考えや思いが溢れてきて途方に暮れてしまいますが、困っている人を助けたいという考えは誰でも持っているであろう基本的なヒューマニズムであり、私たちが日常生活の中で実践できることの一つなのではないでしょうか。