グリーン・デスティネーション2023に選出された弟子屈町の取り組みとは
町の面積の約65%を阿寒摩周国立公園が占める北海道・弟子屈町。世界有数の透明度を誇る摩周湖や日本最大のカルデラ湖・屈斜路湖、現在も噴気活動を続ける硫黄山、川湯温泉など自然の恵みをコンテンツとしたツアーで人気を集め、バブル期には団体客が多く訪れるマスツーリズム向けの観光地として発展しました。
その後、大型宿泊施設の建設が進み、最盛期の1991年には宿泊者数が約73万人に達しましたが、バブルの崩壊や旅行スタイルの変化と共に観光客数は激減し、観光セクターの新たな成長を模索し続けていました。近年持続可能な観光地域づくりを推進し、環境的・社会的負荷を低減しつつ、経済的・社会的価値の成長を目指しています。
その一環として、弟子屈町は、川湯温泉の「阿寒摩周国立公園川湯温泉街まちづくりマスタープラン」を発表しましたが、この発表と同時に全国に展開する温泉旅館ブランド「界」を展開する星野リゾートが、温泉旅館施設「界 テシカガ」の建設計画を公表しました。持続可能な観光地域づくりを目指したことで、新たな経済的・社会的価値が加わった良い事例です。
弟子屈町は2023年にGreen Destinations 2023 TOP100に選出され、国内外から更に注目を浴びるディスティネーションとなりました。本記事では、Green Destinations 2023 TOP100に選出された弟子屈町の変化を、Green Destinationsによる評価を読み解きながら解説します。
Green Destinations(グリーン・デスティネーションズ)とは?
Green Destinations(グリーン・デスティネーションズ、以下GD) は、オランダを拠点とする非営利団体であり、世界持続可能観光協議会(The Global Sustainable Tourism Council :略称GSTC)に認定された国際認証団体です。GDでは取り組むべき観光指標として75項目を定めており、そのなかで最も重要とされている30項目のうち、文化的資産の保護および保存など指定の15項目を60%以上満たしていると「世界の持続可能な観光地100選」にエントリーできます。
GDの詳しい情報はこちらをご確認下さい。
Green Destinations 2023 TOP100選出、弟子屈町の評価を読み解く
Green Destinationsによる弟子屈町の2023年の評価を日本語に訳し、読み解きます。弟子屈町は、ディスティネーション・マネジメントのカテゴリーで評価されており、評価結果はこちらで公表されています。
GDによる評価の総括
まずは、弟子屈町が認識した (1)課題、(2)課題に対する解決策、(3)解決策を実施した結果を確認します。
(1)課題
2000年代初頭以来、自然に富んだ国立公園内にある自然ツーリズムが楽しめる弟子屈町を訪れる観光客数は急激に減少していました。多くの地元関係者が、町の疲弊した経済に活気を取り戻し、観光地として新しい魅力を創造するために、地元関係者によって長らく大切にされてきた火山であるアトサヌプリ(別名:硫黄山)での登山ツアーを新たに開発してはどうかという意見が出ました。しかし、アトサヌプリは2000年以来、落石の危険があるため立ち入り禁止でした。
(2)解決策
アトサヌプリでの登山ツアー開発にあたり、エコツーリズム推進法に基づき、アトサヌプリにある噴気孔及び硫黄結晶を特定自然観光資源に指定し、立入り制限を実施しました。その上で、登山ツアーを実施できるガイドを特定した認定ガイド制度を設立しました。
(3)結果
認定ガイドの指導のもと、アトサヌプリへのトレッキングツアーが開発され、ツアー参加費の一部を環境保全費に充てる仕組みも確立されました。このツアーは、2023年に環境省より発表された「第18回エコツーリズム大賞」を受賞しました。一方で地元のステークホルダーの利益を守るため、地元の住民や小学生には無料で登山を楽しむ機会が提供されています。
環境省・第18回エコツーリズム大賞の決定について
第18回エコツーリズム大賞の決定について | 報道発表資料 | 環境省
GDが評価した、弟子屈町の良い実践事例・ストーリー
次に(A)ディスティネーションの詳細情報、(B)直面した課題(具体的な課題)、(C)課題解決のために、実施した手法やステップ、ツール(具体的な解決策)を確認します。注目したい点は、GDの評価の記載にある、分かりやすい具体事例とストーリー仕立ての説明です。DMOが、どんなに良い取り組みを行っていても相手(GD)に伝わらないと意味がありません。GDの評価から読み取れる、評価ロジックを理解することも重要です。
(A)ディスティネーションの詳細情報
北海道東部に位置する弟子屈町は、町域の65%が阿寒摩周国立公園に指定されている自然豊かな町です。町の大部分は日本最大のカルデラである屈斜路カルデラ内にあります。日本最大のカルデラ湖・屈斜路湖や世界で最も透明度の高い湖の一つの摩周湖があります。弟子屈町には、活火山、深い森、カヌーイストの聖地と呼ばれる釧路川もあり、その豊かな自然の中で多くの野生動物と約6,500人の人々が共生しています。
弟子屈町でカルデラの大地を最も感じることができる場所の一つが、今も噴火を続けるアトサヌプリ火山です。 「アトサヌプリ」とは先住民族アイヌの言葉で「裸の山」を意味します。この山は、麓の川湯温泉に湧出する強酸性の温泉の源となり、古くからアイヌの人々に大切にされてきました。明治10年から昭和38年までは硫黄鉱山としても利用されていました。良質な硫黄が採れるため、多くの鉱夫がこの地に滞在し、硫黄を運ぶ鉄道が敷かれ、今日の北海道の発展に大きな役割を果たしました。
(B)直面した課題
弟子屈町の年間宿泊者数は、1991年には73万人に達し、そのうち川湯温泉郷だけで56万人が宿泊しました。しかし、その後は旅行形態が団体旅行から個人旅行(FIT)に移行したことにより、宿泊客は激減しました。 2015年までに宿泊客数はピーク時の3分の1に減り、観光客数の減少は廃業ホテル数の増加、人口減少、地域経済の停滞、維持費不足による観光インフラの悪化など、地域にさまざまな問題をもたらしました。
これらの課題を解決し地域経済を立て直すため、地域の魅力が詰まった重要な場所「アトサヌプリ」での登山ツアーの開発を望む声が多く上がりました。この山は、地元関係者にとって大切な温泉源でもある屈斜路カルデラの火山活動を体験できる特別な場所なのです。しかし、かつて硫黄の採掘で栄えたこの山は、2000年に起きた落石事故をきっかけに、土地を管理する林野庁によって立ち入りが禁止されました。立ち入り禁止となったこの地を再び観光地として復活させ、同時にアトサヌプリの貴重な資源をどのように保護するかという課題に直面しました。
(C)課題解決のために、実施した手法やステップ、ツール
新たに登山ツアーを組成する上で最も重要だった取り組みは、法律に基づく制度への対応であり、各地域がエコツーリズムを推進するために定めた指針である「てしかがスタイルのエコツーリズム推進全体構想」の策定でした。2016年に弟子屈町は、守るべき自然やルールを明確にした全体構想を発表し、北海道で初めて全体構想認定地域となりました。
全体構想は、2008年に設立された住民主体のまちづくり団体「てしかがえこまち推進協議会」が策定しました。持続可能な観光地と住民自らが誇りに思えるまちづくりを目指し、協議会全体でエコツーリズムを推進しています。そして、弟子屈町とてしかがえこまち推進協議会が中心となり、アトサヌプリ火山登山ツアーを以下の1から3の手順で企画しました。
手順1
特定自然観光資源の指定と立ち入り制限を実施しました。アトサヌプリ火山には約1,500個の噴気孔があり、噴気孔の周囲には美しい黄色の針状の硫黄の結晶が見られます。
これら希少な噴気孔や硫黄結晶が登山による被害を受けないよう、2020年にエコツーリズム推進全体構想が改定され、特別な保護が必要な噴気孔や硫黄結晶が「指定自然観光資源」に指定されました。その後、アトサヌプリはエコツーリズム推進法に基づく立ち入り制限区域に指定されました。
手順2
火山登山には環境悪化の懸念だけでなく、噴火や落石などのリスクも伴います。そこで、山の性質や特徴に精通したガイドの指導のもとで登山できる「認定ガイド制度」を設けました。
ガイドの条件は、1)北海道アウトドアガイド資格を保有していること、2)「アトサヌプリ学」を受講していること、3)サポートガイドとして規定回数登頂していること、4)町内在住であることの4つの条件を満たしていることです。
これらの条件をクリアし、てしかがえこまち推進協議会の認定を受けることで、警戒区域内での案内が可能となります。実際のツアー実施にあたり、参加人数の上限や地元のストーリーの伝え方、安全性の確保などのガイドラインも策定しました。
手順3
ツアー参加費の一部を環境保全に充てる制度を創設しました。自然保護と循環経済の両立を目指し、旅行者の地域環境への責任を促すため、旅行代金の一部を環境保全に充てる制度を創設しました。参加費は環境保全とトレイル維持のために充てられます。
開発されたアトサヌプリでの登山ツアーは、地域DMOが主催する「アトサヌプリトレッキングツアー」として2021年から本格的に販売が開始されました。ツアーに参加することで、屈斜路カルデラや川湯温泉の成り立ち、火山に生息する動植物や独特の自然環境、硫黄採掘の歴史などを知ることができるとともに、自然環境の保全に貢献することができます。
弟子屈町の重要成功要因
課題解決にあたり、弟子屈町は3つの重要成功要因を特定しています。
① エコツーリズム推進全体構想を改定し、アトサヌプリを立ち入り制限区域に指定しました。特定自然観光資源を指定し、これに基づいて立ち入り禁止区域も指定し、その区域への入場者数を制限するのは全国初の事例でした。
② 役場だけでなく、林野庁、環境省、消防、警察、ガイド団体など多くの関係機関と時間をかけて相談をしました。この事業の中心となったてしかがえこまち推進協議会は、官民連携がしっかりとした組織であることも開発の成功に大きく貢献しました。
③ てしかがえこまち推進協議会は、認定ガイド制度を導入し、ガイドのスキル向上や認定ガイドの要件の制度化を支援する取り組みを推進しました。その結果、アトサヌプリとその周辺地域に対する深い理解と哲学を備えたガイドが誕生しました。
弟子屈町が学んだ教訓
アトサヌプリの登山ツアーを実現するために最も重要な要素は、資源保護と安全性のバランス、地域住民へのアクセス権の確保、ルールの周知でした。
- 深い知識を持った認定ガイドによる小グループツアーで貴重な自然資源の損傷を防ぐとともに、参加費の一部を資源保護やルートの点検・維持費に充てることで資源保護を実現しました。
- 安全確保は、消防、警察、林野庁、環境省など多くの関係者と協力して安全なルートや緊急避難経路を設定することから始まりました。実際のツアーを担当する認定ガイドには細かく厳しい条件を設け、参加人数も6名までに制限し、ツアーの安全性を確保しています。また、エリア内での活動全般の安全性向上を図るため、エリアで働くガイド全員を対象とした「アウトドアガイドスキルアップ研修会」も定期的に開催しています。
- 地元住民に長年愛されてきたこの場所が「お金を払って登る遠い山」にならないよう、毎年、地元小学生を招待してトレッキングツアーを開催しています。また、教育委員会と連携し、地域住民を対象としたモニターツアーを年2回開催しています。
- ツアーの収益はコミュニティに還元され、収益の一部は環境改善に充てられます。ツアー参加者の増加により地域の環境や経済が改善されます。
- アトサヌプリでは、明確なルールを設けて訪問者を管理していますが、同時にルールを守らない人が入らないよう、登山道の入口には立ち入り禁止であることを分かりやすく表示しています。法律を犯して山に侵入することがないように、地区内のビジターセンターや山麓の店舗でもチラシを配布し、観光客への啓発を行っています。アトサヌプリ登山ツアー組成の流れ及び実績は以下(a)〜(g)の通りです。
(a)新たな観光資源としてアトサヌプリトレッキングツアーを開発・販売開始。
(b)アトサヌプリの噴気孔と硫黄結晶を指定自然観光資源に指定。
(c)国内で初めてエコツーリズム推進法に基づく立ち入り制限区域に指定。
(d)認定ガイドの必須条件である「アトサヌプリ学」講座には、延べ71名が参加。
(e)2021年春より認定ガイドによる「アトサヌプリトレッキングツアー」を販売開始。2022年は196名がツアーに参加し、売上高1,482,000円、うち106,200円を弟子屈町へ環境改善を目的とした基金に寄付。この基金は地域社会への還元の一環として、アトサヌプリを含む町内のトレイル整備に活用される。
(f)毎年、地元の小学5・6年生をトレッキングツアーに無料で招待。
(g)年に2回、「町民モニターツアー」を開催し、町民がアトサヌプリトレッキングツアーに参加できる機会を提供。 2022年は40名が参加し、登山後のアンケートでは全員が「満足」または「非常に満足」と回答。
他の観光地が学べる弟子屈町の取り組み
GDによる弟子屈町の評価レポートを読み解くことで、同じような課題に直面している観光地が参考にできる取り組みを学ぶことができます。GDは、弟子屈町の取り組みで参考にしてほしい点として、以下の2つの点を挙げています。
1つ目は、地域として守るべき資源は何か、その資源を守るためには何をしなければならないか、次世代に残すべきものは何か、どのような来訪者に訪れてほしいかなど、地域内で方針を議論し、策定し、共有することです。
2つ目は、住民が地域社会への愛情を育むよう支援することです。住民によるコミュニティへの愛は最も重要な要素であり、すべての取り組みの基礎となります。地域住民の自発的な活動を支援する取り組みや、住民の意見を政策に反映できるプラットフォームが、より地域に配慮した観光地づくりに貢献します。持続可能な観光づくりのあるべき姿は、観光客にとって良い地域ではなく、地元住民にとって良い地域でなければなりません。
参考: Teshikaga Town, Japan 2023 TOP100 GOOD PRACTICE STORY