【COP29現地レポート】気候変動と観光産業
アゼルバイジャン共和国観光庁、国連世界観光機関(UNWTO)、および国連環境計画(UNEP)の支援を受けて、「気候変動と観光」が初めて国連気候変動会議のアクションアジェンダに含まれました。
2024年11月20日、COP29において観光に関するハイレベル会議が開催されました。この会議の目的は、観光産業における気候行動の強化を推進することであり、観光業のグローバルな気候行動を加速させるとともに、各国の気候目標を支援するセクターポリシーとしての役割を強化することにあります。
観光産業の気候変動対策がCOPの行動アジェンダに
国連世界観光機関(UNWTO)のゾリツァ・ウロシェビッチ事務局長は会見で、「COP29において、観光産業の対策が初めて国連気候変動対策会議の行動アジェンダに組み込まれたことは、歴史的な節目である」と述べました。
観光産業は世界の国内総生産(GDP)の約3%を占める一方で、全温室効果ガス(GHG)排出量の8.8%を占めているとされています。
今回発表された「観光における気候変動対策強化に関するバクー宣言」に署名した国々は、気候変動対策(各国が決定する貢献:NDCなど)を策定する際に、観光分野への配慮が求められます。
特に新興国では、観光産業が政府の外貨収入の主要な部分を担う一方、ハリケーンや熱波、干ばつといった気象災害の影響を受けやすいという課題を抱えています。
COVID-19感染拡大の影響から回復を遂げた観光セクターは、社会的および環境的責任を強化し、持続可能性を競争力や回復力の一部として確立する必要があります。観光関連のGHG排出量は、現行のビジネスモデルを維持した場合、2030年までに少なくとも25%増加する可能性があると指摘されています。そのため、持続可能な適応努力を加速させることが不可欠です。
2024年現在、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国の53%が観光を気候変動の影響を受けやすいセクターとして認識しており、具体的な行動が期待されています。
COP29で開催された観光をテーマにした会議
「観光における気候行動に関する閣僚会議」に加え、測定と脱炭素化、再生(適応)、資金調達および革新的ソリューションの3つのテーマに焦点を当てたハイレベルな円卓会議も開催されました。
COP29で掲げられた観光セクターの4つの目標
政策の変革
「観光分野の気候行動強化に関するバクー宣言」が発表されました。この宣言は、各国の観光行政がパリ協定の次期国別目標(NDC)の策定・達成において果たす役割を明確にし、観光政策に気候行動をより統合することを促すものです。
セクター全体の関与
グラスゴー宣言「観光における気候行動」は、国の観光行政(および国の観光機関)や観光関係者が統合的な気候緩和・適応アプローチを実施することを約束する自主的なコミットメントであり、各国の気候目標を支援する役割を果たします。
科学的アプローチ
国連の「観光の持続可能性を測る統計フレームワーク(MST)」は、各国の観光排出量を測定するためのツールとして位置づけられています。このフレームワークには、温室効果ガス(GHG)排出量やエネルギー使用量などの環境データが重要な要素として含まれています。
制度化
国連システムと主要関係者全体で観光における気候行動を強化するためのグローバルな調整およびパートナーシップメカニズムを立ち上げます。これにより、取り組みの整合性、連携、そしてより大きな影響力が確保されます。
この4つの目標の中で、セクター全体の関与をさらに促進するためのグラスゴー宣言と、科学的アプローチである「観光の持続可能性を測る統計フレームワーク(MST)」について詳しく解説します。
更なる強化を図るグラスゴー宣言「観光における気候行動」
2021年のCOP26で採択された「グラスゴー宣言」は、観光産業が2030年までに二酸化炭素(CO2)排出量を半減し、2050年までにネット・ゼロエミッションを達成する目標を掲げました。
今回のCOP29では、宣言への署名国数のさらなる増加を目指しました。サステナブルなツーリズムの実現には、SBT(Science-Based Targets)基準に従った排出削減目標の設定が求められています。カーボンオフセットの質の向上や、ビジネスモデルにおける戦略的分析も進められています。
カーボンフットプリントの測定と削減は、観光業における最も重要な課題の一つです。近年、観光業の収益は増加していますが、その一方で環境負荷も高まっています。
特に、旅行に関連するGHG排出は2009年と2019年の比較で40%増加しており、その原因の一部は航空機や交通機関からの排出です。業界全体でカーボンフットプリントの削減が求められており、特にピークシーズンにおける一人当たりの排出量を減らすための取り組みが進められています。
グラスゴー宣言(観光)についてはこちらを参照:The Glasgow Declaration on Climate Action in Tourism
科学的アプローチ「観光の持続可能性を測る統計フレームワーク(MST)」
2024年2月に国連統計委員会が採択した「観光の持続可能性を測定する統計フレームワーク(MST)」は、観光産業の気候行動を評価する正式なツールとして承認される予定です。
MSTは、観光が気候変動に与える影響を国際的に比較可能で信頼性の高いデータとして可視化するための基盤を提供します。観光産業は全体の温室効果ガス(GHG)排出の8.8%を占めており、これを削減するためのロードマップ策定が始まっています。
特に、データに基づいた測定と戦略的調整が必要であり、測定データを基にサイエンスベースのアプローチでビジネスモデルを調整することが求められています。
たとえば、2024年にはUNEP(国連環境計画)のレポートにおいて「1.5度目標」が掲げられ、その達成に向けてツーリズム業界も大きな役割を果たすことを目指しています。
UN TourismのMeasuring the Sustainability of Tourismについてはこちらを参照:On measuring the sustainability of tourism: MST
今後の展望
観光をテーマにした円卓会議では、サステナブルツーリズムの実現に向けて重要な要素が議論されました。特に「システム」「資金」「パワー」を統合的に考える必要性が強調されました。
また、Co-Creation(共同創造)の重要性が指摘され、データ収集や計測以上に、これらの要素を効果的に導入するプロセスが鍵であると議論されました。
具体例として、フィジーでは継続的な投資を可能にする仕組みが整備されており、他地域の模範となる成功事例として紹介されました。以下、円卓会議で議論された4つの重要な要素をまとめます。
気候変動への適応と投資の必要性
観光産業は地域経済や住民の生活に大きな影響を与える一方で、気候変動への影響も無視できません。パリ協定の枠組みに基づき、以下の分野での取り組みが推進されています。
・ネイチャーベースソリューション(自然に基づく解決策):観光収益を活用し、生態系の保全・再生やカーボンクレジットの創出を目指す。
・インセンティブ付きファイナンス:持続可能なプロジェクトへの投資を促進する。
・地域ステークホルダーの教育:気候変動リテラシーを向上させるための研修や啓発活動。
・意思決定のためのデータ活用:高品質で国際的に比較可能なデータ収集と分析。
認証制度と投資
観光産業でも、ESG(環境・社会・ガバナンス)に基づく認証や評価フレームワークが整備されつつあります。例えば、グリーンビルディング認証やGreen Key承認を得ることで、サステナブルファイナンスへのアクセスが可能になる事例が出てきています。
ただし、観光業の利益率は比較的低いため、投資は慎重に決定する必要があるとされています。タイのホテル業界では、消費電力量の50%が冷却関連に費やされていることが指摘され、災害対策だけでなく熱マネジメントが重要視されています。
教育とリテラシー向上
観光産業のネガティブな環境影響を管理しつつ、キャパシティビルディング、リテラシー向上、教育を通じた観光産業従事者の人材育成が不可欠です。
データとテクノロジーの役割
観光業における持続可能な発展には、データ収集と分析の強化が不可欠です。ニュージーランドやデンマーク、フィンランドでは、国レベルで観光業のカーボンフットプリントを測定・評価する取り組みが進んでおり、今後は国際的な基準に基づく統一的な評価が求められます。
これにより、観光業の環境影響を正確に把握し、エビデンスに基づく対策や政策立案が可能となります。例えば、デンマークでは観光地ごとに気候影響評価を行い、フィンランドではデータを活用した政策決定やターゲット市場の特定が進んでいます。
これらの取り組みは、カーボンフットプリントの削減や業界の透明性向上に寄与しており、持続可能な観光の実現に向けた重要な基盤となっています。
あとがき
気候変動と観光産業は、表裏一体の関係にあります。観光業は地域経済を支える重要な柱である一方、その活動が環境に与える影響も無視できません。
この複雑な関係を理解し、持続可能な観光を実現するためには、業界全体での協力が欠かせません。データやテクノロジーの活用、政策の整備、そして地域コミュニティとの協働が鍵となるでしょう。
私たちが未来の旅行をどのように形作るかによって、観光業が地球規模の課題にどう貢献できるかが決まります。個人の旅行の選択や企業の投資戦略、そして政府の政策が、観光業の持続可能な発展を促進するための重要な要素となります。観光業が地球と共存し、地域社会に貢献し続ける未来を目指し、今こそ行動を起こす時です。
持続可能な観光への道のりは決して平坦ではありませんが、そこに待つのは、より豊かで調和のとれた未来です。この旅路を歩むすべての関係者が、一歩ずつ確かな前進を遂げていくことを願っています。
参照
TOURISM & CLIMATE CHANGE – POLICY SNAPSHOT