労働環境が良いと言われるドイツにおけるウェルビーイングの需要
近年、ウェルビーイング (Well-being) という言葉をよく耳にします。ウェルビーイングとは、心身ともに健康で、満たされた状態を意味し、病気がないというだけでなく、心の健康、身体の健康、人間関係、経済的安定、社会的な満足感など、生活のあらゆる側面がバランスよく満たされている状態を指します。
特に、身体の健康は自分でも気付きやすく、対処法も様々ですが、現代のストレス社会では、自分でも気付かないうちに精神のバランスを崩し、深刻な問題に発展してしまう場合があります。精神疾患の問題は最も深刻な現代病のひとつであり、改善していくべき問題ではないでしょうか?
「Urlaub(ウアラウプ)」と呼ばれるドイツの有給休暇制度は、法律に基づき、週5日勤務で年間20日、週6日勤務の場合は24日と定められています。
実際には、多くの企業が労働契約や労働協約を通じて、25~30日程度の有給休暇を設定しており、2〜3週間の長期休暇を取ることが一般的とされています。筆者個人の感覚では、夏に1ヶ月ほどの休暇を取り、クリスマス前後に1週間ほどの休暇を取っている印象ですが、職業によって個人差があります。
有給休暇が多く、残業も少ないドイツは労働環境が整っていると言われていますが、それでも、精神疾患の問題は、公衆衛生上の大きな課題のひとつとされており、年間で成人の3人に1人がうつ病や不安障害などの精神疾患を経験したことがあると言われています。
その背景には、仕事の効率や成果が求められ、プレッシャーを感じる人が多い、リモートワークが普及したことにより、自宅でもストレスを感じる、職場の人間関係などが影響しているとのことです。
ドイツの大手企業やスタートアップでは、フィットネスジムの会員割引、リモートワークの導入など、燃え尽き症候群などの精神疾患に問題が起きないように企業全体での取り組みを積極的に行っています。
また、首都ベルリンを中心に、ウェルビーイングに特化した団体や企業、プラットフォームが数多く存在し、様々な活動が行われています。
メンタルヘルスに焦点を当てたドイツ最大の科学的医学団体「DGPPN」
ベルリン拠点の「DGPPN(Deutsche Gesellschaft für Psychiatrie und Psychotherapie, Psychosomatik und Nervenheilkunde)」は、メンタルヘルスに焦点を当てたドイツ最大の科学的医学団体です。
大学病院、診療所、研究機関などで働く精神医学、心理療法、精神身体医学を専門とする11,500人以上の医師や科学者を結集し、精神疾患患者へ最適なケアを行うキャンペーンを実施したり、科学的なガイドラインを作成し、研修と継続的な教育を推進し、診断と治療を進歩させるための研究を行っています。
毎年11月には、メンタルヘルス分野におけるヨーロッパ最大の専門家会議「DGPPN会議」が開かれており、2024年も11月27日から30日に渡り「CityCube Berlin」を会場に開催され、9000人以上の医師、研究者、心理療法士が参加しました。
「危機の時代におけるメンタルヘルス」をメインテーマに掲げ、専門家たちによる精神疾患の診断や治療を向上させるための新しいアプローチや医師や心理療法士が直面するストレスへの対策や支援方法などが議論されました。
同会議は、研究者と臨床現場の専門家の国際的なネットワーク構築の場ともなり、メンタルヘルス分野のさらなる発展が期待されています。
あらゆる分野で持続可能な社会を目指す財団「Bertelsmann Stiftung(ベルテルスマン財団)」
ベルリン拠点のベルテルスマン財団は、医療の質向上、メンタルヘルスの支援、高齢者福祉、持続可能な社会づくりを中心に活動しており、ドイツで最も影響力のある財団と言われています。
2002年には、ドイツにおける持続可能な学校健康促進と教育を目指す全国的なイニシアチブとして、Anschub.de(Allianz für nachhaltige Schulgesundheit und Bildung in Deutschland)を立ち上げ、学校教育と健康促進を統合することで、学校の質を向上させるプロジェクトを行っています。
運動を取り入れた授業、健康的な食習慣を促進する栄養教育、精神疾患についての教育や相談しやすい体制を整えるなど、健康促進を学校の教育目標や運営プロセスに組み込むことで、学校全体の発展と生徒の成長を支援しています。
また、生徒だけに限らず、教員のストレス管理や働きやすい環境作りを目指し、保護者の積極的な関与を促しています。現在、ドイツの7つの州、4,400校以上がこのプログラムを採用しています。
日本と同様にドイツでもサウナが人気
医療の専門家だけでなく、個人レベルでもウェルビーイングへの関心が高まっています。ベルリンには、数え切れないほど多くのスパやサウナ、フィットネススタジオ、クライミングジム、マインドフルネスや瞑想を行うスタジオ、ヨガ教室などのウェイルネスに特化した施設が存在し、需要も高いです。
特筆すべきは、人間と自然との結びつきを強化するための設計哲学「バイオフィリックデザイン」を取り入れている施設が増えていることです。
「バイオフィリックデザイン」とは「バイオフィリア(Biophilia)」に基づいている概念で、窓から見える景色を重要視したり、屋内に植物を置き、壁を緑色にする、木材や石材を使用するなど、自然を感じられる環境つくりのことを指します。
「Vabali Spa」は「バイオフィリックデザイン」の代表的なウェルネス施設と言えます。ベルリン中央駅(Berlin Hauptbahnhof)から徒歩10分という好立地にありながら、広大な敷地面積を誇り、バリ島をイメージしたラグジュアリーなリゾートスパです。
11種類以上のサウナやスチームルーム、屋内外にプール、リラクゼーションルーム、ホットストーンやアーユルヴェーダを取り入れたマッサージやトリートメントも充実しています。
地元の有機食材を使った地中海風やアジア風の料理が楽しめるレストランでは、ローブを着たまま食事が可能です。
入場料金は4時間滞在で34.50ユーロ~と、ベルリンのサウナの相場が20ユーロ前後なので若干高めですが、都会にいながら非日常的な体験ができる特別なスポットとして、不動の人気です。
お金をかけずに日常的に取り入れるウェルビーイング
サウナやスパに行かなくても市内に点在する公園に行くことで、自然に触れることができます。ベルリンは、都市計画において自然を取り入れることを重視しているため、都会でありながら豊富な自然に囲まれた街として評価を得ています。
ティーアガルテン(Tiergarten)
もとは王室の狩猟場だったティーアガルテン(Tiergarten)は、総面積210ヘクタールを誇るベルリン最大の公園として多くの利用者が訪れています。
森林に囲まれた公園内は、マイナスイオンと新鮮な空気を感じながら散歩道を歩いたり、池や広場でゆっくりできる憩いの場として、筆者もお気に入りスポットのひとつです。
ズュートゲレンデ自然公園(Natur-ParkSüdgelände)
自然保護区に指定されているシェーネベルク地区に位置するズュートゲレンデ自然公園(Natur-ParkSüdgelände)は、19世紀に建設された鉄道操車場の跡地を再利用した公園で、廃線となった鉄道施設がそのまま残された産業遺産と自然が共存している珍しい場所です。
18ヘクタールの敷地には、森林地帯や湿地帯が広がり、そこに生息する鳥類や昆虫などを観察することが可能です。
最後に
ベルリンを初めて訪れた時に驚いたことは、都市でありながら自然が豊富で、道路が広く、電線のない空は広く、街全体から開放感を得たことです。
また、オーガニックやヴィーガン、ベジタリアンに特化したカフェやレストランが数多くあり、通常の飲食店においても菜食主義者用のメニューが当たり前にあることにも驚きました。ファーマーズマーケットも多く、地元の有機野菜やヘルシーフードを容易に手に入れることができます。
ベルリンは、環境意識と健康志向の両方を重視する人々が多く、ウェルビーイングに適した環境が整っていると言えます。しかし、自分自身が意識し、取り組んでいかなければ心身ともに良い変化は生まれないでしょう。
日々の生活に追われていると自然に恵まれていることさえもつい当たり前となってしまいますが、感謝の気持ちを忘れず、自ら心地良い生活習慣を身に付けていくことが大切ではないでしょうか。