みどりのドクターズとは?気候変動が抱える健康へのリスク
全世界を恐怖に陥れたコロナウイルスや、昨今の豪雨や台風による被害の増大を受けて、気候変動と人類の健康被害との関係に注目が集まってきています。
そんな中、医療を通して環境問題の解決に取り組む「みどりのドクターズ」という団体があるのはご存知でしょうか。
本記事では「みどりのドクターズ」の活動内容についてや気候変動の及ぼす健康被害、そして医療業界の脱炭素化への取り組みと課題について解説します。
本記事を読むことで、環境問題と医療の関係についての知識をより深めることができるでしょう。
みどりのドクターズとは?
みどりのドクターズは、医療分野における環境問題の解決を目指す一般社団法人です。医療機関から排出される温室効果ガスの削減や、気候変動が健康に与える影響への対策に取り組んでいます。[1]
一般社団法人みどりのドクターズは、2022年に佐々木隆史氏によって設立されました。佐々木氏は東京大学医学部を卒業後、複数の医療機関での臨床経験を積み、医療分野における課題解決に情熱を注いできた医師です。
佐々木氏は医療現場での環境負荷低減に向けたビジョンを掲げ、医療機関のカーボンニュートラル化を推進。医療従事者の立場から「気候変動対策の重要性」を訴え、講演活動や啓発活動を全国で展開しています。
みどりのドクターズの活動内容
一般社団法人みどりのドクターズの主な活動には、啓発活動や持続可能なシステム開発、地域格差解消への取り組みなどがあります。
啓発活動
医療機関向けの環境配慮型の実践ガイドラインの作成や、「医療・保健・介護でもネットゼロ宣言」のオンライン署名活動などに取り組んでいます。また、気候変動による熱中症リスクの啓発や対策にも力を入れています。
持続可能なシステム開発
また医療業界全体の脱炭素化を進めるため、医師、看護師、薬剤師など多様な医療従事者とのネットワークを構築し、環境に配慮した医療の実現に向けて取り組んでいます。
母体であるGreen Practiceと連携し、持続可能な医療システムの構築を目指し、最新のテクノロジーを活用した医療サービスの開発にも積極的に取り組んでいます。
地域格差解消への取り組み
佐々木氏は「すべての人に適切な医療を」という理念のもと、医療の地域格差解消を目指し、全国各地で講演活動を行うほか、地域の医療機関と連携した健康相談会の開催、医療情報の発信、若手医師の育成支援にも取り組んでいます。
特に、医療過疎地域での巡回診療と遠隔医療サービスの提供に力を入れています。そのような取り組みはプライマリ・ケアといい、医療において注目されているシステムです。
プライマリ・ケア
プライマリ・ケアは、地域における医療の入り口として、かかりつけ医による包括的な医療サービスを提供する仕組みです。次のような取り組みをおこなっています。
- 日常的な健康管理
- 診療
- 病気の予防
- 健康相談
2023年6月、日本プライマリ・ケア連合学会は浜松市で開催された、第14回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会において「プライマリ・ケアにおける気候非常事態宣言(浜松宣言)」を発表しました。[2]
本宣言では、気候変動が人々の健康に深刻な影響を及ぼすことを認識し、プライマリ・ケアの現場から環境問題に取り組む必要性を強調しています。
プライマリ・ケアの医療機関は、地域住民の健康を長期的に見守る立場にあります。近くで見守ることによって、気候変動による健康被害の早期予防・早期発見に対し、重要な役割を果たしてきました。具体的には、次のような取り組みが挙げられます。
- 熱中症予防の啓発活動
- 気候変動に関連する健康リスクの説明
- 環境に配慮した医療実践
プライマリ・ケアは単なる診療行為を超えて、患者の生活環境や社会的背景を考慮した「総合的な医療アプローチ」を意味します。気候変動への対応においても、地域の特性や患者個々の生活状況を踏まえた、きめ細かな医療サービスの提供が目指すところです。
気候変動による健康への影響
気候変動は私たちの健康に深刻な影響を及ぼしています。世界保健機関(WHO)によると、2030年から2050年の間に気候変動により年間約25万人の追加死亡が予測されました。[3]
具体的には、以下のような健康リスクが挙げられます。
感染症リスクの増加
気温上昇に伴い、感染症のリスクも高まっています。蚊やダニなどの媒介生物の生息域が拡大し、デング熱などの感染症が日本国内でも発生するようになりました。
また、気温と湿度の変化により、食中毒の発生リスクも上昇しています。
災害による健康リスク
豪雨や台風などの極端な気象現象も増加しており、災害による直接的な健康被害だけでなく、避難所生活によるストレスや持病の悪化など、間接的な健康影響も懸念されています。
特に高齢者や慢性疾患を持つ方々は、災害時により大きなリスクにさらされます。
大気汚染による健康リスク
大気汚染も気候変動と密接に関連しています。気温上昇による光化学スモッグの増加や、森林火災による煙害など、呼吸器系疾患のリスクが高まっています。特に子どもやぜんそく患者など、敏感な方々への影響が懸念されます。
医療機関では、これらの健康リスクに対応するため、予防医療の強化や緊急時対応の整備を進めています。また、地域の特性に応じた対策立案や、住民への健康教育にも力を入れています。
熱中症の被害
熱中症による健康被害は年々深刻化しています。消防庁の統計によると、2024年5月から9月の全国における熱中症による救急搬送人員の累計は 97,578 人で、調査を開始した平成20年以降で最多となりました。
厚生労働省の人口動態統計によれば、熱中症による年間死亡者数は近年増加傾向にあり、2022年には約1,500人が熱中症で亡くなっています。特に65歳以上の高齢者が全体の約8割を占めており、高齢者が熱中症のハイリスク群となっています。
重症度別では、軽症が約6割、中等症が約3割、重症が約2割となっています。重症化すると生命に関わる危険性が高まるため、早期発見と適切な対応が不可欠です。
医療機関への受診時期を見ると、症状が出てから2時間以内の受診が予後の改善に重要とされています。しかし、独居高齢者では症状の発見が遅れるケースも多く、プライマリ・ケアによる地域での見守り体制の強化が求められるところです。
医療業界の脱炭素への取り組み
医療業界は気候変動対策において重要な役割を担っています。世界保健機関(WHO)の報告によると、世界の医療分野からの温室効果ガス排出量は全体の約5%を占めており、医療機関での脱炭素化が急務となっています。[4]
2023年12月にドバイで開催されたCOP28では、史上初めて「健康の日」が設定されました。世界の医療関係者や保健機関の代表者が一堂に会し、気候変動による健康被害の軽減策や医療分野での脱炭素化について活発な議論がおこなわれました。
日本医療政策機構も「化石燃料に関する公開書簡」に署名し、医療分野からの気候変動対策への積極的な参加を表明しています。
遅れを取る日本の課題
一方で、日本の医療分野における脱炭素化への取り組みは世界的に見ると遅れが目立ちます。日本の医療機関から排出される温室効果ガスは年間約6,000万トンと推計され、総排出量の約5%を占めていますが、具体的な削減目標や行動計画の策定は進んでいません。[5]
特に課題となっているのが、再生可能エネルギーの導入率の低さです。欧米の医療機関では太陽光発電やバイオマス発電の導入が進んでいますが、日本では初期投資の負担や設備導入のための規制などにより、導入率は約7%(2023年)にとどまっています。[6]
また、医療廃棄物の削減や効率的な資源利用についても、具体的な指針や支援策が不足しているのが現状です。
医療機器の省エネルギー化や医療材料のリサイクルシステムの構築など、取り組むべき課題は山積しています。日本の医療業界が国際的な脱炭素化の潮流に追いつくためには、政府による支援策の拡充や、医療機関自体の積極的な取り組みが不可欠となっています。
まとめ
みどりのドクターズは医療分野における環境問題解決において重要な取り組みをしていることがお分かりいただけたでしょうか。
環境問題の解決は、全分野からのアプローチが必須なのは言うまでもありませんが、気候変動の及ぼす健康リスクを鑑みたときに、まず医療分野からのこのような取り組みが他の分野にも好影響を与えていくことを期待します。
参考文献
[2]プライマリ・ケアにおける気候非常事態宣言(通称:浜松宣言)
[4]WHO unveils framework for climate resilient and low carbon health systems
[6]https://www.med.or.jp/dl-med/doctor/lcs/2023_houkoku02.pdf