JSTS-Dと地域コミュニティの結集|持続可能な観光の最前線
環境、社会、経済の3方向の持続可能性を追求し、地域コミュニティの健全な発展を促進すると同時に観光資源を保護・保全する「持続可能な観光地域づくり」の取り組みが日本でも広がっています。「持続可能な観光地域づくり」の取り組みの一歩目は、現状を可視化し、目標やKPI(重要達成度指標)とのギャップを数多くのステークホルダーと共有することです。開示・共有を行うことで、理解あるステークホルダーから協力を得やすくなり、目標達成に向けた改善のスピードは速くなります。
また、「持続可能な観光地域づくり」のテーマは多岐にわたります。そのため、国際的に認められたフレームワークやガイドラインを活用し、取り組みテーマの網羅性や取り組み度合い、他者との比較を行うことで、自己分析をより効率的に行えます。「持続可能な観光地域づくり」を推進しようと、観光庁が日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)を公表しています。JSTS-Dは、持続可能な観光地マネジメントを行うために活用できるフレームワークです。このフレームワークを活用し、観光地全体の取り組みを可視化している北海道 弟子屈町のディスティネーション・サステナビリティ・レポートに注目しました。
JSTS-Dとは?
JSTS-Dは、グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC : Global Sustainable Tourism Council※)が開発した国際基準の観光指標をベースにしています。GSTCは、持続可能な観光の推進と持続可能な観光の国際基準を作ることを目的に、2007年に発足した国際非営利団体です。2008年には観光産業向けの指標(GSTC-I : Global Sustainable Tourism Criteria for Industry)、2013年には観光地向けの指標(GSTC-D : Global Sustainable Tourism Criteria for Destinations)、2019年12月に改訂を行い現在はGSTC Destination Criteria(略称はGSTC-D)を開発し、管理・普及活動を行っています。
GSTC-Dは、国連において、観光地が、「最低限順守すべき項目」と位置付けられ、加盟国での順守が求められています。こうした背景を踏まえ、観光庁は国際基準に準拠した観光指標であるJSTS-Dを開発する際、GSTC-Dをベースとし作成することを決めました。
「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」はこちらから。
JSTS-Dの4つの分野
JSTC-Dには、4つの評価分野(A)〜(D)が定められています。
(A)持続可能なマネジメント
(B)社会経済のサステナビリティ
(C)文化のサステナビリティ
(D)観光のサステナビリティ
(A)持続可能なマネジメント
持続可能な観光マネジメントのガバナンスに関する分野です。「マネジメントの組織と枠組み」や「ステークホルダーの参画」「負荷と変化の管理」について評価を行います。異常気象等による物理的リスク(急性)等に対するリスクマネジメントである「気候変動への適応」に関する取り組みも評価されます。
(B)社会経済のサステナビリティ
地域経済において観光は重要な産業セクターです。観光セクターの発展による地域経済へのポジティブな影響とネガティブな影響を評価します。また、「搾取や差別の防止」や「安全と治安」などの社会福祉と負荷についても分析し、評価します。
(C)文化のサステナビリティ
観光を通じ、私たちは訪れた地域が大切にしている文化財や地域住民の慣習に触れる機会を得ることができます。しかし、観光によって文化が消費され続け、文化遺産や伝統を守っている地域住民に悪影響を与えてはいけません。そのため、「文化遺産の保護」や「文化的場所への訪問」について評価します。
(D)環境のサステナビリティ
地球環境を保護し、生態系を維持する。そして、人類が未来にも生き延びられるように、社会や経済を変化すべき、と声高に叫ばれます。「自然遺産の保全」や「資源のマネジメント」「廃棄物と排水量の管理」について評価します。
北海道 弟子屈町のディスティネーション・サステナビリティ・レポート 2023
摩周湖や屈斜路湖、川湯温泉など自然資々の風景が楽しめる観光地として知られている北海道東部、釧路市に隣接し人口約6800人の弟子屈町。弟子屈町を拠点に地域復興活動と地域全体のSDGs推進を行なっている一般社団法人TESHI-COLORが評価メンバーとなり、JSTS-Dに基づく弟子屈町のサステナビリティ調査結果をまとめたディスティネーション・サステナビリティ・レポートを弟子屈町役場と摩周湖観光協会(地域DMO)が公表しています。
北海道 弟子屈町 ディスティネーション・サステナビリティ・レポート2023
川湯温泉ユノハナガラス |TESHI-COLOR |北海道弟子屈町|Hokkaido Teshikaga
摩周湖観光協会
各評価項目のアセスメントを確認すると、外部協力者や第三者アドバイザーを交えて、非常にフェアな視点で評価を行なっていることが分かります。
弟子屈町のツーリズムの歴史を振り返ると、経済主義の価値観が世界全体で大きく転換し始めるリーマンショック以降、地域住民と一緒に考える観光地域づくりにこだわり、地域ぐるみで自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を観光客に伝えることにより、その価値や大切さが理解され保全につながっていくことを目指す仕組みのエコツーリズムに注力してきたことが分かります。つまり、観光事業の従事者だけでなく、町にとって重要な産業セクターである観光に対して街全体の意識を高める努力を重ねています。
北海道 弟子屈町Green Destinations TOP100 2023 Good Practiceに選出
長年エコツーリズムやサステナブルツーリズムを推進した結果、2023年にGreen Destinations TOP100 に弟子屈町が選出されました。日本国内だけでなく、国際基準でも高い評価を獲得したことで、日本国外からの注目も集まっています。
弟子屈町の取り組みを多くの方々に知ってもらい、日本全体の持続可能な観光地域づくりを盛り上げようと、一般社団法人摩周湖観光協会は、弟子屈町のこれまでの取り組みを学び・体感できる視察研修「弟子屈町地域づくり視察プログラム」を立ち上げました。2024年度に「廃屋撤去と温泉街の再生」と「エコツーリズム」をテーマとした2つの視察プログラムに申し込むことが可能です。
弟子屈町 地域づくり 視察プログラム2024はこちらから。
ディスティネーション・サステナビリティ・レポート作成のメリット
ディスティネーション・サステナビリティ・レポートを作成することで、弟子屈町の観光づくりに関する方針がより明確化され、評価と改善の状況がマルチステークホルダーにとって分かりやすく可視化されています。レポートによってベストプラクティスが共有され、多種多様なステークホルダー同士の連携を促されると感じます。毎年ディスティネーション・サステナビリティ・レポートを作成することは、人的リソースや費用がかかりますが、主に5つのメリットがあります。
① 方針の明確化
ディスティネーション・サステナビリティ・レポートは、持続可能な観光づくりの方針や目標を明確に定義する役割を果たします。組織や地域がどのような価値観や目的を持ち、どの方向に進むべきかを示すことで、一貫性のある取り組みが可能となります。
② 評価と改善
定期的にディスティネーション・サステナビリティ・レポートを作成することで、進捗や成果を定性的かつ定量的に評価し、必要に応じて、戦略やアクションを修正することができます。
③ ステークホルダーとの連携
さまざまなステークホルダー(地元住民、企業、政府、観光客など)を結びつけ、共通の目標に向けて連携するための基盤を提供します。共有された理解や協力依頼が、持続可能な観光の推進に不可欠です。
④ ベストプラクティスの共有
国や地域ごとに異なる状況や課題がありますが、持続可能な観光地域づくりの成功事例やベストプラクティスは共通しています。ディスティネーション・サステナビリティ・レポートはこれらの知識をまとめ、他の地域や組織に共有する手段として機能します。
⑤ 長期的なビジョンの構築
持続可能な観光地域づくりの取り組みは長期的なものであり、将来を見据えたビジョンが必要です。ディスティネーション・サステナビリティ・レポートは、このビジョンを構築し、持続可能な成長を促進するための計画を策定するのに役立ちます。また、レポートによって、現状と目指すべき姿のギャップが可視化されることで、単発的な取り組みではなく、包括的で組織的なアプローチを町全体に促すことができます。
最後に
持続可能な観光地域づくりの日本版のガイドラインであるJSTS-Dと、このガイドラインを活用してディスティネーション・サステナビリティ・レポートを作成している弟子屈町の取り組みを紹介しました。中長期的な日本の観光産業の成長を考えた場合、国際的にも認められる基準で取り組みを行い、日本国内の観光客だけでなく、外国人観光客に対しても興味を持ってもらう必要があります。弟子屈町の視点や具体的な取り組みは参考になる点が多いと思いますので、地域づくりや観光施策に携わっていらっしゃる方々は、弟子屈町を訪れて、持続可能な観光地域づくりを五感で感じることから始めてはいかがでしょうか。