ドイツ・ベルリン|歴史的建造物を文化施設として再利用したおすすめスポット
ドイツ・ベルリンの文化施設は「元◯◯」といった歴史的背景を持つコンバージョンが非常に多いのをご存知ですか?築100年を越える建物も珍しくなく、ミュージアム、イベントスペース、スタジオ、ナイトクラブ、オフィス、レストランなどさまざまな目的で再利用されています。
筆者がベルリンに魅力を感じた理由のひとつに、古い建物を新しいカルチャーのために再利用していることがあります。ものを大切にする習慣やリサイクルが根付いているドイツ人の得意分野なのかもしれませんが、歴史あるドイツ建築様式をそのまま活かしたセンスと風情に感銘を受けました。特に、有形文化財として指定されている歴史的建造物は、可能な限り当時のまま保存することが定められているため、現代に適応するように一部の改築を行うだけで、外観を含めたそのほとんどが当時のまま再利用されています。
今回は、そんなベルリンに点在する歴史的建造物をコンバージョンしたおすすめスポットを3つ例に挙げてご紹介します。
ドイツ人芸術家たちが入居する製麦工場跡地「Maltzfabrik」
1917年に建設されたテンペルホーフ=シェーネベルク区に位置する「Maltzfabrik(モルツファブリック)」は、ヨーロッパ最大規模の製麦工場として名を馳せ、1996年に閉鎖。1995年には歴史的建造物として文化財保護に指定されています。
第二次世界大戦中にはロシアの占領軍によってすべての機械が解体されたり、工場の一部は爆弾によって破壊されるなど深刻な状況に陥りましたが、現在はそんな暗い歴史を感じさせない新しい文化を生み出す重要なスポットのひとつとして活用されています。
同ビルの改修工事は2009年に始まり、約50,000平方メートルもの広大な敷地には、9棟の歴史的建造物、2つの大きな水池を備えた大きな公園に砂浜、都市型ファーム、オフィススペース、店舗などがあります。
スタートアップ企業、パソコン修理業者、家具デザイナー、写真、映画、音楽スタジオ、芸術家たちのアトリエなどがテナントとして入居しており、マルチメディアアーティストとして世界的に活躍しているユリウス・フォン・ビスマルクや日本でも注目度の高いビジュアルアーティストのアンドレアス・グライナーなど5名のドイツ人芸術家が名を連ねます。
2001年には、敷地内の建造物のひとつである機械工場の跡地に、カルト的人気を誇るフェティッシュクラブ「KitKat Club(キットカット・クラブ)」が誕生。彼らは空き倉庫だった場所をわずか3週間でクラブへと改装し、多くのアーティストやクリエイターに認知されるようになり、本来の用途では使用されなくなった古い建造物を文化施設として再利用するコンバーションの先駆けとなりました。
同ビルは「KitKat Club」が現在のミッテ区に移転した後も展示会やワークショップ、プレス用のイベントスペースとして利用されており、過去には日本文化に特化したジャパニーズ・クリスマスマーケットの会場としても使用され話題になりました。
「Maltzfabrik」の屋根には4つの金属製の巨大煙突がそびえ立ち、工場として稼働していない現在も改修工事を行いながら大切に保存されています。騎士のヘルメットやカブトに見えると言われているこの煙突は、ビールの原料である大麦を麦芽する際に発生する熱を逃がすために活用されていたとのこと。赤レンガ建築に映えるアンティーク装飾として、見学者の関心を集めるアイコニックな存在となっています。
ちなみに、日本のサッポロビール社がこの煙突と同じものを所有しており、カブト煙突と呼ばれています。エビス工場が解体された際にドイツ製の2本は保存され、1本は本社に、もう1本はサッポロビール園で展示されています。
13,000平方メートルという広大な敷地に、豊富な自然とオブジェやリサイクル家具などが配置され訪れる人の憩いの場になっている美しい庭園ですが、改修工事前は荒れ果てた土地だったといいます。生物多様性に富んだ自然庭園を整備し、蜂の飼育、屋根や壁の緑化、2つの大規模な貯水池を建設し、雨水を管理するといった持続可能なエコリノベーションに尽力しています。
一流ミュージシャンがパフォーマンスするイベントホールはなんと元火葬場
ウェディング区に位置する「silent green Kulturquartier(サイレント・グリーン・クルチュアクウァルティーア)」は、高さ17メートルの平面八角形の塔が特徴的なベルリンで最初の火葬場として、1911年に建設されました。2002年に閉業しましたが、すぐ隣に併設されている墓地は現在もそのまま使用されています。
2013年に、映画監督のヨルグ・ハイトマンや都市開発プロジェクトの開発者であるフランク・デュスケを含む投資家たちによって複合文化施設へとコンバージョンされました。斎場として使用されていたメインホールは悲壮感を払拭した美しいコンサートホールへと変わり、建物の構造から音響にも優れているといいます。
真ん中の建物を囲むように並ぶ両サイドの部屋はオフィススペースとなっており、ベルリンのポップ音楽シーンに対する資金提供やコンサルタントを担うMusic board BerlinやレコードレーベルのK7!、映画監督兼作家のハルン・ファロッキの財団Harun Farocki Institute、メディアアートの祭典transmedialeのオフィスなど、映画、音楽、アートといったカルチャーに特化した約100人のクリエイターが入居しています。
南東部の工場地帯が新たなカルチャースポットに
トレプトウ・ケーペニック区のオーバーシェーネヴァイデに位置する「Mahalla(マハラ)」は、1895年にヨーロッパで最初の三相電力発電所として建設されました。12メートル以上の高い天井はベルリンの工場跡地によく見られますが、同ビルは12メートル以上あり、開放感とともに鉄筋コンクリートで覆われたインダストリアルな空間がベルリンのアンダーグラウンドカルチャーにはよく合います。
同ビルのオーナーは映画監督のラルフ・シュメルバーグで、2019年に彼のチームと共にアート、革新的な音楽、スピリチュアリティ、科学、コミュニティのための空間を作るために「Mahalla」をスタート。コロナ禍が落ち着きはじめた2022年に本格始動し、これまでにアートエキシビジョン、ワークショップ、フェスティバル、コンサート、会議、映画上映会、ディナー、ダンス、ヨガ、呼吸法、瞑想、サウンド体験など多数のプログラムが開催されています。
オーバーシェーネヴァイデ近隣は旧東ドイツ時代に建てられた巨大工場が点在しており、当時の面影を残したままナイトクラブやイベントスペースとして再利用されています。ベルリンは勢力的な都市開発により家賃高騰や立ち退き問題が相次いでいることから、中心地から離れた南東部で新たなカルチャー発信地として確立させる動きが出ています。
最後に
ドイツにおける有形文化財は建造物のほかに庭園、 公園、緑地、墓地、遺跡なども含まれており、州によって保護する基準が異なるといいます。ベルリンは経済発展のために多数の工場が建設されましたが、時代とともに不要となった廃墟同然のビルが多数存在します。しかし、それらを負の遺産として放置するのではなく、重要な歴史を物語る建造物として保存しながら再利用することで、維持費の無駄を防ぎ、新たなカルチャーの発信地として次世代に繋いでいるのです。
コロナ禍の影響もあり「環境」「文化」「経済」の3つの保護と発展が軸となった観光形態「サステナブル・ツーリズム」に関心が集まる昨今ですが、環境大国して知られるドイツが日常的に取り組んでいる対策こそがそうではないのでしょうか。ベルリンにおける歴史的建造物の再利用は、まさに歴史や伝統文化を重んじ、自然環境に配慮し、地域資源を持続的に保つためのリノベーションを追求していると言えるからです。
ベルリンを訪れた際には、有名な壁の跡地やユネスコの世界遺産に認定されているブランデンブルク門や宮殿だけでなく、歴史的背景と現代の文化が融合した希少な施設を見てほしいと思います。