SBTNとは?企業がSBTNに沿った取り組みを行うメリットを解説
2023年5月24日に、自然環境への負荷や生物多様性への影響を考慮に入れた、自然に対する科学に基づく目標であるSBTN(Science Based Targets for Nature)第一版が正式にリリースされました。
2020年9月にSBTNイニシャルガイダンスが公開されていましたが、イニシャルガイダンスから第一般へアップデートが行われたことで、市場からより大きな注目を浴びています。
SBTNとは
「SBTN(SBTs for Nature)」は、企業や都市が科学的根拠に基づいて自然関連目標を設定するためのフレームワークであり、技術的なガイダンスを提供するものです。これは、自然環境への影響を最小限に抑え、持続可能な社会を実現するための具体的なアクションを促進することを目的としています。
作成主体と背景
このガイダンスは、Global Commons Alliance(グローバル・コモンズ・アライアンス、GCA)の構成イニシアティブであるScience Based Targets Network(SBTN)によって作成されています。GCAは、地球上の全ての人々が共有する生命維持のためのシステム「グローバル・コモンズ」の保護と、世界経済の持続可能な発展の両立を目指す国際的な同盟です。
目標とアプローチ
SBTNは、「プラネタリー・バウンダリー」と呼ばれる、地球の持続可能性を保つために超えてはならない環境負荷の限界内で人類の活動を行うことを目標としています。そのため、SBTs for Natureでは、企業や都市が自らの事業活動において自然への負荷を回避または軽減し、復元や再生を通じて自然を回復させることが求められています。また、これらの活動は自社内だけでなく、サプライチェーンの上流や下流においても実施され、社会全体の変革を促進することが重要です。
気候関連目標との連携
気候関連目標については、SBTs for Natureでもスコープに含まれていますが、これに関しては別のイニシアティブであるScience Based Targets initiative(SBTi)が作成するガイダンスに従う形をとっています。気候変動の緩和を目指した取り組みは、自然環境への総合的な影響を考慮したものとなっており、SBTiとの連携により、統一的かつ効果的なアクションを促進しています。
SBTとSBTNの違い
Science Based Targets initiative(SBTi)の目標であるSBT(Science Based Targets)とSBTN(Science Based Targets for Nature)は、いずれも科学的根拠に基づいて企業の行動を導くための枠組みですが、その対象と目的に大きな違いがあります。
SBTは、企業が中長期的な温室効果ガス(GHG)削減目標を設定するための枠組みで、気候変動対策に特化しています。具体的には、パリ協定の「Well Below 2℃(1.5℃)」という目標に整合する形で、企業が自らの温室効果ガス排出量を削減するよう促しています。この枠組みは、CDP、UN Global Compact(UNGC)、World Resources Institute(WRI)、World Wildlife Fund(WWF)の4つの国際機関によって共同で運営されており、企業が気候変動の緩和に貢献することを目的としています。
一方、SBTNは、企業が気候変動だけでなく、自然資本全般に配慮した目標を設定するための枠組みです。対象は、水利用、土地利用、海洋利用、資源利用、汚染、生物多様性など多岐にわたり、持続可能な地球システムの実現を目指しています。
SBTNの背景には、現在、私たちの地球環境が深刻な劣化に直面しているという現実があります。土地利用の変化や資源開発、汚染、外来生物の影響など、「人間活動による自然への圧力」が増大し、種の絶滅や生態系の破壊が進行しています。これにより、私たちの生活を支える生態系サービスが劣化し、自然災害や汚染といったリスクが高まることで、社会や経済活動にも深刻な影響を及ぼしかねません。
SBTNは、こうした背景を踏まえ、企業が自然への負荷を回避・軽減し、持続可能な社会を実現するための行動を取ることを求めています。企業がSBTNに沿った取り組みを行うことで、気候変動に対する強靭性の確保や水資源の保全、生物多様性の保護など、幅広い環境課題に対して包括的に対応することが期待されます。
また、SBTNは、生物多様性条約(UNCBD)、気候変動条約(UNFCCC)、土地劣化条約(UNCCD)、そして持続可能な開発目標(SDGs)といった国際的な枠組みとも整合性を持っており、企業の取り組みがこれらの目標と調和するように設計されています。
このように、SBTは主に温室効果ガス削減を目的とするのに対し、SBTNは気候変動のみならず、自然環境全体に配慮した目標を設定することで、持続可能な地球システムの実現を目指しています。企業にとっては、SBTを超えて、より包括的で多角的な自然環境への配慮が求められており、これを達成するためのガイドラインがSBTNによって提供されています。
持続可能な社会実現への貢献
SBTs for Natureは、科学に基づいた持続可能な社会の実現を目指し、自然環境への負荷を軽減しつつ、経済活動を行うことを推奨しています。このフレームワークを通じて、企業や都市が責任ある行動を取ることにより、地球規模での持続可能な発展が期待されています。
SBTNは、気候を対象としたSBTiに倣い、新たにLand(土地)、Freshwater(淡水)、Biodiversity(生物多様性)、Oceans(海洋)を対象に目標を達成することを促します。近年、気候変動だけでなく、自然環境や生物多様性に対しても、企業の積極的なアクションが求められています。その背景には、パリ協定が求める世界の平均気温上昇を1.5度に抑えるためには、自然破壊を食い止め回復させることが必要だという科学的コンセンサスがあったためです。
SBTNの段階的なアプローチ
SBTNの初期ガイダンスでは、企業がSBTNに取り組むための段階的なアプローチとして、以下の5つのステップを推奨しています。これらのステップは、複雑な環境問題に対して多角的に対応し、場所ごとの優先順位を設定した上でリスクを軽減することを目指しています。
1. ASSESS(評価)
企業が自らの環境影響を評価し、取り組むべき課題を把握します。
2. INTERPRET & PRIORITIZE(解釈と優先順位付け)
評価結果を基に、重要な課題と優先すべき地域を特定し、取り組みの焦点を絞ります。
3. MEASURE, SET & DISCLOSE(測定、目標設定、開示)
優先課題に対して、地球の限界や社会的な目標に沿った企業の目標を設定し、その目標を公表します。
4. ACT(行動)
設定した目標に基づき、実際に具体的な行動を起こし、環境負荷の軽減に努めます。
5. TRACK(追跡)
行動の成果を追跡し、目標達成の進捗状況をモニタリングします。
これまでは、企業が個別の環境課題に対して直接的な操業リスクの低減に取り組むケースが多く見られました。しかし、SBTNでは、これに加えてバリューチェーン全体、すなわち上流および下流を含めた包括的な行動が求められています。これは、直接操業のみの取り組みでは自然の損失を食い止めることができないためです。
特に「1. ASSESS(評価)」や「2. INTERPRET & PRIORITIZE(解釈と優先順位付け)」の段階では、企業活動が行われる場所の特性を考慮することが重要です。これは、対象となる生物多様性や水の利用可能性、土地の転換、森林破壊などの問題が、地域の環境や社会的背景と密接に関係しているからです。例えば、水の分野では、地域の気候条件や地形、地質、そして水に関わる制度の整備状況により、リスクの種類(例えば水不足、水質汚染、洪水など)やその深刻度が異なるため、地域ごとの状況に応じた対応が求められます。
次のステップ「3. MEASURE, SET & DISCLOSE(測定、目標設定、開示)」では、優先順位の高い課題と地域に対して、地球の限界や社会的目標に即した企業目標を設定し、それを公表します。現在、すべての環境課題に対する具体的なガイダンスが整備されているわけではありませんが、以下のような課題については既にSBTNと方向性が一致するガイダンスが発表されているため、参考にすることができます。
・気候変動:Science Based Targets initiative(SBTi)
・土地利用変化:Accountability Framework Initiative(AFi)
・水資源:Context-Based Water Targets(CBWT)
・農地の生物多様性:European Commissionによる再生可能農業の実践
これらのガイダンスを活用することで、企業はSBTNに沿った効果的な取り組みを進めることが可能です。
企業がSBTNに沿った取り組みを行うメリット
企業がSBTNの指針に基づいて行動することには、いくつかの利点があります。具体的には、以下の点が挙げられます。
・規制や政策変更への先行対応
将来的な規制や政策の変化に先駆けて行動することで、リスクを軽減し、競争優位性を確保できます。
・ステークホルダーの信頼向上
投資家や親会社などのステークホルダーからの信頼を高め、企業の持続可能な発展に向けた姿勢を示すことができます。
・中長期的な収益性の改善
環境リスクへの対応を通じて、持続可能なビジネスモデルを構築し、長期的な収益性の向上に寄与します。
企業が今取り組むべきこと
現在、水資源に関しては、すでにCDPの水セキュリティ評価でバリューチェーンにおけるリスク評価やリスク対応についての質問が設けられています。今後、SBTNやTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)などのガイダンスが公表されるにつれて、バリューチェーン全体にわたるリスク管理への要求がさらに強まることが予想されます。
しかし、企業がバリューチェーン全体を対象に情報収集、リスク評価、目標設定、具体的な行動に取り組む際には、膨大なデータ量や関係者間の調整に多くの時間と労力を要する可能性があります。また、バリューチェーンのパートナーと関係を築くには時間がかかるため、リスク評価や低減策をすぐに実行できるとは限りません。
今すぐに始められる取り組み
こうした背景から、SBTNの初期ガイダンスでは、各企業が2022年のSBTNの方法論の公表を待つのではなく、以下のような「今できること」から対応を始めることが重要とされています。
・バリューチェーンの情報収集
企業活動の場所や影響、依存関係を把握することから始めます。
・ホットスポットの評価と優先順位付け
影響が大きい分野や地域を特定し、優先順位を設定します。
・ガイダンスのある分野における目標設定
気候変動、土地利用、水資源など、既にガイダンスが整備されている分野で具体的な目標を設定します。
特に水資源の分野においては、「Context-Based Water Targets」がSBTNの方向性と一致しているため、企業はこのガイダンスに基づいて早期に対応を始めることが推奨されます。これにより、重要な課題に対して適切なアプローチを取ることができ、後から手戻りが発生するリスクを軽減できます。
まだサプライチェーンにおける水リスク管理に取り組んでいない企業にとっては、これを機に情報収集や対応の検討を始める良い機会と言えるでしょう。SBTN Corporate Engagement Programへの参加も、効果的なステップとなるかもしれません。
まとめ
これまでと変わらない企業のビジネスモデルは、持続可能ではありません。毎年発生している山火事やブラジルでの干ばつなど、生態系のバランスが崩れ、すでに世界全体で自然破壊による影響が出始めています。世界全体で、2,600社以上の企業がすでにSBTi(Science Based Targets initiative)を通じて、気候に関する目標を設定しています。2050年までにネットゼロを達成する目標を掲げ、多くの成果を出している一方、課題も残っています。例えば、カーボンオフセット制度のために、急成長する樹木を植えるケースです。これは、地域の生態系や地域社会に対し、悪影響を及ぼす可能性があります。
気候変動と自然環境、生態系は相互に複雑に関係し合っています。だからこそ、気候変動だけでなく、自然という側面からも同時に対策を行うことが求められています。今回発表されたターゲットは、既存のターゲットを補完する設計となっています。そのため、企業は新たな目標設定を通じ、気候変動と自然環境の両方に対処するための総合的な行動をとることが可能となります。
サントリーホールディングスやL’OCCITANEグループ、Nestléを含む17のグローバル企業が、検証用のターゲット提出に向けて準備を行っています。
安定した惑星のための世界的および地域的な科学的目標を確立することを目指す地球委員会(Earth Commission)の共同議長であるJohan Rockström(ヨハン・ロックストロム)氏は、次のように述べています。
「企業は、気候と自然環境に対して、科学的根拠に基づく目標を設定するための明確な指針と方法論を手に入れることができた。最初にターゲットを提出する17のパイロット企業の勇気に拍手を送りたい。なぜなら、それは簡単なことではないからだ」
動画での紹介はこちら:
プレスリリースについて詳しくはこちら:
Launch of the world’s first science-based targets for nature, to mobilize businesses to address nature loss & climate change together – Science Based Targets Network