GSTC2024現地レポート・ホテルチェーンのサステナビリティ戦略
GSTC2024の会期中に行われたパネルディスカッションで、特に注目された業種は「宿泊業」です。これまで国やディスティネーションがリーダーシップを取り、GSTC基準を積極的に推進する動きが中心的でした。
しかし、2024年から宿泊業がサステナビリティ戦略のマスタープラン策定から「マスタープラン実行」へと本格的に移行していることで、宿泊業のサステナビリティの取り組み事例が大幅に増えています。ラグジュアリーブランドはもちろんのこと、ホステルの取り組みの紹介もありました。
本記事では、グローバルに展開しているホテルチェーンの取り組みを中心に解説します。
観光セクターのサステナビリティ推進リーダーになれる宿泊業
異常気象等が与える経済やライフスタイルへの影響を、肌で感じられるようになりました。国際社会がパリ協定で合意した通り、気温上昇を産業革命前と比較し、1.5度未満に抑えるために、各産業でビジネスモデルやバリューチェーンの変化が求められています。観光業も例外ではありません。
観光業は非常に裾野が広く、旅行客、オペレーター(ホテル、旅行会社やイベントオーガナイザー)や政府・自治体などの多くの関係者が、よりサステナブルなマインドセットを持ち、行動を変えていく必要があります。その中でも、バリューチェーンやビジネスモデルが比較的シンプルな宿泊業は、観光業の中でも脱炭素化やサステナビリティの取り組みの推進リーダーになれる存在です。
大手ホテルチェーンを中心に、これまでISO9001(品質管理)やISO14001(環境マネジメント)で、財務以外の管理を行っていましたが、国際社会が必要としている脱炭素化やサステナビリティの取り組み及び管理をISO9001やISO14001で行うには限界あります。脱炭素化やサステナビリティの取り組みを管理する新しいマネジメントシステムの導入が必要です。
宿泊業がサステナビリティを推進する上で取り組むべきこと
GSTC2024でプレゼンテーションを実施したホテルチェーンの基本的なサステナビリティ戦略は、以下の2つです。
- 建物に対してグリーンビルディング認証を取得 (LEED認証など) し、管理を行う。
- GSTC基準のサステナビリティ戦略を策定。評価を実施し、GSTC認証を取得し、管理を行う。
建物に対してグリーンビルディング認証を取得 (LEED認証など) し、管理を行うことは、主に建物(ホテル)のアセットオナーが関係する話です。
脱炭素化が進む市場環境では、環境性能が低い不動産の市場価値の下落が懸念されています。最悪の場合は、座礁資産化してしまう恐れがあるため、不動産価値を維持するためにもグリーンビルディング認証を取得し、建物の脱炭素化を推進します。
また、GSTC基準を採用し、GSTC基準を満たす戦略を策定すると、認証機関による評価を受けられます。自社の戦略や取り組み内容が不十分な場合は、改善を行い、認証取得を目指します。
ホテルチェーンが参照すべきGSTC基準は、GSTC-I(観光産業向け基準)で、100以上の評価項目が設定されています。多くのホテルチェーンで共通していたことは、GSTC-Iを網羅的に対応はするものの、多数ある評価項目の中でも自社にとって優先順位の優先課題(マテリアリティ)を特定し、経営戦略に組み込んでいることです。
全てに評価項目が等しく重要というわけではありません。課題や評価項目に対して、自社にとっての重要度を分析し、言語化出来ているホテルチェーンのプレゼンテーションには説得力がありました。
ホテルが取り組むサステナビリティの事例
GSTC2024のパネルディスカッションで発表があった、3つのホテルの事例を紹介します。
アスコットホテルグループ
登壇したBeh Siew Kimさんの役職はとてもユニークです。彼女はアスコットホテルグループのCFOでありながら、CSO(Chief Sustainability Officer)を兼任しています。
サステナビリティの多くの取り組みは、OPEX (Operating Expenditure、運用維持費)とCAPEX(Capital Expenditure、資本的支出)に影響を与えます。短期的な財務的影響と中長期的な財務的影響を考慮し、サステナビリティ戦略を策定し、実行しています。
ただし、中長期的なCAPEXが関係する投資判断になると、サステナブルに貢献する取り組みが必ずしも最良の選択肢ではない場合もあるとのこと。自社のパーパスや価値観に立ち戻り、ROS(Return on Sustainability)の独自の概念で投資案件等の検討を行います。
パネルディスカッションで彼女は以下のことを、何度も強調していました。
宿泊業はヒューマンビジネスであり、人によってビジネスモデルやバリューチェーンが成り立っている
そのため、まずは従業員を中心にサステナビリティマインドセットの醸成を行い、従業員誰一人も取り残されないように注意を払っています。アスコットグループは、人材育成を行いながら、ステークホルダーの一人一人のDNAにサステナビリティという新しい概念を注入し、サステナビリティを企業文化に融合する動きを行っています。
具体的なサステナビリティの取り組みとしては、各ホテルのGSTC-I認証取得を進めています。シンガポールにあるアスコットグループのホテル施設の90%は既にGSTC-I認証を取得しています。
また、ホテルはローカル経済と関係が強い業種だと認識しており、調達では、特にホテルから5km圏内のサプライヤーを重要視し、ローカル調達の強化を行っています。
マンダリンオリエンタルグループ
マンダリンオリエンタルグループは、2024年にGSTCメンバーに加盟しました。サステナビリティ戦略を推進する上で、ガバナンスの重要性をしっかりと認識。観光産業にとって「サステナブルツーリズムとは何か」を定義しているGSTC-I基準を自社グループの戦略に取り入れ、サステナビリティビジョンと自社独自のフレームワークを策定しました。各ホテルのサステナビリティの取り組みをスコアカードで数値化し、従業員評価に反映する仕組みも構築しています。
役職等に関係なく、各ホテルでサステナビリティに関心があり、推進したいと願っているチャンピオン(リーダー)に手を挙げてもらい、まずは身近に取り組める内容や改善案を提案し、実行してもらいます。
サステナビリティの取り組みを他のホテル等にも展開し、拡大する上で重要なことは「小さなトライアルから始めて、成功体験を積み重ねる事」だと言います。小さくても成功した時は、毎回セレブレーションをして、関係者みんなでお祝いをすることが大切だそうです。
従業員は、最初からチャンピオンになれない場合もあります。その場合は、会社として「アップスキルの機会を提供しながら、サステナビリティのマインドセットを少しずつ醸成していきます。従業員は1年に1回、身近な地域社会でのボランティア活動を有給で行うことが可能です。サステナビリティの知識や理論だけでなく、実際の経験を通じることで、変化を促していきます。
多くの改善策や新しい取り組みは、パッションがあり、モチベーションが高い従業員や取引先から生まれることが多いです。マンダリンオリエンタルグループでは、サステナブルな取り組みに積極的な取引先を「サプライヤー」として呼ぶのではなく「マインドセットパートナー」という呼び方をするようになりました。
サステナビリティが重要だというマインドセットを共有できるパートナーとの更なる協業や取り組み内容の拡大を、マンダリンオリエンタルグループは望んでいます。
フォーシーズングループ
フォーシーズングループのサステナビリティ戦略の紹介にて非常に印象的だったことは、GSTD-I基準でサステナビリティの評価を行うだけではありません。
評価項目の中で、自社にとって重要度が高い優先課題(マテリアリティ)を特定することで、「地球環境」と「人」といった2つのカテゴリーで戦略策定を行なっています。
元々、フォーシーズングループはESGの取り組みを積極的に行っていました。しかし、各ホテル施設に対して具体的な取り組みを促す段階を迎えた事で、観光産業特有の視点をさらに考慮する必要性が高まりました。
そこで、GSTC-I基準を採用し、2023年に自社の新しいサステナビリティ基準を策定しました。2024年現在は、各ホテル施設に対して、グリーンビルディング認証とGSTC-I認証の取得を行う取り組みを推進しています。
コスト削減に貢献する取り組みから小さな成功を積み重ねる
サステナビリティを推進する戦略を策定、具体的な実行策を検討する上で、最初に検討したい施策があります。それは、直接的なコスト削減につながる可能性が高い、再生エネルギーの導入とフードロスの削減です。
宿泊施設の屋根上や駐車場等に太陽光パネルの敷設が可能な場合は、通常の電気料金と比較し、電気コストが下がる可能性があります。また、フードロス削減もコスト削減に非常に有効です。
まずは、消費しているエネルギーや消費電力量、フードロスの中身を可視化し、分析を行うことから始めます。データがしっかりと可視化されることで、新しい施策を行なった場合の経済的な効果を測定しやすくなります。
まずはコスト削減に貢献するテーマから始めて、サステナビリティの取り組みへの理解と価値観を社内で醸成していきましょう。
終わりに
サステナブルツーリズムは、自主的な取り組みとして、国連やGSTCなどの機関を中心に推進されていました。これまでは主に国やディスティネーションが主導していましたが、宿泊業が変化する動きが顕著になってきました。変化に遅れると、将来的な競争力に影響を与える可能性があります。
まずはやれることを1つずつ取り組みながら、経営戦略に落とし込み、サステナビリティを企業文化に融合できるかどうかに挑戦していきます。宿泊業は、観光業のサステナビリティリーダーになれる存在です。日本の宿泊業でも多くのサステナビリティリーダーが輩出されることを願っています。